【大人のための“シン・動物学”】と題して、実は知られていない動物たちの生態を深掘りしていく。動物たちの世界を覗くことは、人間社会の問題を考える1つの側面として、私たちに新しい発見や面白い気づきを与えてくれるかもしれない。
干支は面白い!
十二支の物語は、神様のいささかハラスメント的着想が発端で、動物たちの順位を決めるため、ルール無用のデス・レースを繰り広げるお話だ。単なる動物の擬人化した話ではなく、12種の野生動物の生態が見事に表現されている。
昨今の図鑑に記載されている形態のスペックや絶滅危惧種かどかという情報だけでは、どんな動物なのか全く想像がつかないが、こういった童話などに出てくる動物像は、動物のもつ性格的な行動様式が、年少者にもわかりやすく表現されていて良い情報だ。さらに当時の人の動物に対するイメージが垣間見えて民俗学的にも面白い。あの知の巨人と呼ばれた南方熊楠も『十二支考』という名著を残しているくらい、大学者をも引きつけるエッセンスが十二支には凝縮されている。
辰年と巳年にまつわる動物話
来年度の干支の巳年の話の前に、今年の辰年のおさらいからはじめよう。
辰とは龍のことで、干支では唯一空想上の動物だ。干支が考えられた2000年ほど前の時代背景を考証すれば、空想の動物と現生動物の境界線は無い。地球が丸いことも知らない当時の情報量なら、遠く知らない異国の地には、それくらいの野生動物はいるかもしれないと考える方が普通だろう。なんなら現代でもUMAなどを本気で信じている人が大勢いるわけだから…。
龍のフォルムはカッコいい。鱗に覆われ、爬虫類的な要素が見られるが、ヘビやトカゲとも異なり、さらには恐竜にはないエレガントさがある。巨獣でありながら動きもしなやかで美しい。それもそのはず。龍というのは、ヘビが修行を積んで空を飛べるようになった最終形態とされているのだ。それゆえ干支デス・レースでは、ゴール寸前で、修行を積んだ龍を先輩としてリスペクトしたヘビが道をゆずったために順位が辰(龍)>巳(ヘビ)の順になったというのが、干支の物語のレース展開だった。
これぞヘビの生態を表している!
ヘビは実に奥ゆかしい習性の持ち主だ。人間を含め、どんな動物にも恐れられる生き物だが、実はそのほとんどの種は好戦的なオラオラした感じがない。狩り以外の戦いでは、戦う前に必ず威嚇行動をとり、相手に逃げるチャンスを与えてくれる。鎌首を上げて威嚇された時に、素直に逃げれば、たいがいは追撃されることはない。スポーツマンシップに則った紳士的行動をとるのがヘビだ。裏を返せば、強さを持ち合わせておきながら、慎重かつ神経質な動物とも言える。
このアンビバレントな性格がヘビ好きの心を掴む。だから飼育する場合、エサの食いつきが一番問題になる。変温動物なので燃費が良いため、エサにがめつくないところも、見方によっては品の良さとも言える。ところが何か環境変化やストレスがちょっとでもかかると、まったくエサを食べなくなって死んでしまう繊細な動物だ。食が細いだけで無く、体臭もなく、鳴かない無口なため、いわゆる“草食系男子”のようだ。ゴリゴリの肉食系女子には、彼氏にするならヘビのような男子をオススメする。
ヘビが世界中で大切にされてきた理由
ヘビの恐ろしさは、多くの動物のDNAに情報が組み込まれているので、たとえ見たこと無くても“危険!気をつけろ!”というシグナルが出る。または“気持ち悪い”という認識に置きかわって、近づかないようにする緊急警戒モードのスイッチが入るだろう。
それにも関わらず、ヘビは世界中で大切にされている。それはナゼか?
ヘビは益獣だからである。よほどの大蛇系でなければ、人や家畜を襲うことは無く、それよりも、あらゆる撃退法がお手上げな賢いネズミたちを駆除してくれることが、備蓄食料を食い荒らされないので大変助かるわけだ。人類はネズミとの戦いの歴史と言っても過言では無い。
だから、ヘビをいじめたり、みだりに殺したりしないように、知恵者が『危害を加えると祟られるぞ』などと学の無いものにも教え聞かせて、益獣として利用する共生の風土を保ってきたのだろう。これは現代の環境教育・生物多様性教育的な視点と同じだ。ヘビを守り神として祀った神社仏閣は日本のみならず世界各地にある。また、王家の紋章などに取り入れられることもある。
近年の新型コロナウイルスの世界規模のパンデミックで注目されたWHO(世界保健機関)の機関旗のシンボル(紋章)としてヘビが大きく描かれているのはお気づきだろうか?
杖に巻き付いたヘビは、ギリシャ神話の神・アスクレピオスが持っていた杖を表している。かつて古代ローマに疫病が蔓延したとき、“治療の神”とされるアスクレピオスに民が祈りを捧げると、この神はヘビに姿を変えてローマに訪れ、疫病を鎮めたという伝説がある。それ以来、ヘビは医学のシンボルとして描かれるようになり、WHOの紋章でもこの神の杖とヘビが描かれるようになったのだ。
この古代ヨーロッパからのヘビ信仰と医学の関係は、例えばヘビの脱皮などの再生力もひとつの“医学っぽい”要素となりえるが、何と言ってもヘビ毒が“生と死”、“病気と健康”を象徴したものだろう。というのも古代ギリシャ時代には、希釈した毒の成分を治療薬として使っていた記録が残っている。使い方によっては死に至り、使い方によっては病を治す二面性の象徴。現代医学でもヘビ毒の研究がすすみ、癌をはじめとした難病治療の効果が注目されている。
そもそもヘビの毒って何だ?
実は元々は、単なるヨダレである…。
唾液というのは、人間のものも同じだが、単なる水ではない。様々な分解酵素が含まれた消化液の一種なのだ。余談だが汚れの種類によっては、唾をつけて擦るとキレイになるのは唾液に含まれる酵素パワーのおかげだ。手足が退化して無くなった肉食動物のヘビは、手足で抑えつけて獲物を不動化することができないので、長い胴体を使って絞め殺して動かなくなってから丸飲みする。これは原始的なヘビの捕食行動だが、さらに進化したヘビは、消化液である唾液を濃縮したり、別の毒成分をブレンドしたりして強毒として分泌できるようになったのだ。
ヘビ毒の種類には、神経毒と出血毒がある。神経毒は、神経伝達を撹乱させる物質を注入されて、筋弛緩などで呼吸運動を停止させる毒素で、コブラ科などが有する。出血毒は、血管や筋肉等の組織を破壊する毒素で、マムシなどが有する。一般的に神経毒の方が危険だが、運良く助かれば後遺症は少ない。一方、出血毒は、助かっても咬まれた患部が壊死するなど後遺症が残ることがある。どちらの毒も恐ろしい…。ヨダレの破壊力、恐るべし。
ちなみに、毒の主成分はタンパク質なので、口から入ったものは、強い胃酸で分解されて解毒化される。傷口や筋肉、血管などに毒が入って全身に回ると、毒素として作用することになる。雑な説明だが、毒ヘビ自身が自分の毒で死なない主な理由はそんなところだ。
毒ヘビと無毒ヘビの見分け方は無い。しかし、毒ヘビは、毒を使って獲物が死ぬのを待つだけなので、絞め殺す必要が無いため、体長が短い(小さい)ものが多い。木に登れないくらい筋肉量が無くなっている種もいるほど、毒ヘビはマッチョではなくなったのだ。
ユニークな進化を遂げたヘビ
ヘビの進化は謎が多い。
恐竜出現よりずっと後のトカゲの仲間から進化したことはわかっている。だからニシキヘビの仲間など、現生の原始的なヘビには、後肢の痕跡が鉤爪のようになって残っている。恐竜以外の四足爬虫類(トカゲ、ワニ、カメ)は、手足が胴体から地面と水平にでて、肘を直角に曲げた姿勢になっている。これは構造上、足の動きだけで速く走れないために、体をくねらせて走ることになる。それを突き詰めていくと、手足を無くして長い胴をくねらせた方が速く移動できることから、ヘビは手足が退化したわけだ。結果、砂地や水場、さらには樹上など3次元的な移動も得意となった。
ヘビとトカゲの違いは、足の有無ではない。足の痕跡があるヘビもいれば、足の無いトカゲもいる。ヘビとトカゲの両者をよく比較観察すると、いろいろな違いがある。
例えば、わかりやすいのは眼だ。一般的にトカゲにはまぶたがあり、ヘビには無い。眼をつぶらない(瞬きしない)ので、ヘビは表情が無いように見えて、どこか表情が冷たく感じるのだ。
耳はトカゲには穴があるが、ヘビは退化して耳(外耳)が無い。内耳や骨伝導などで地面の震動を感じるだけだ。だから、インドの大道芸・蛇使いは笛を吹いているが、ヘビは笛の音を聞いているわけではない。
嗅覚は鋭いが、鼻でクンクンするわけではない。先が二又に分かれた舌を上下に振ることで、空気中のニオイの分子を吸着させて、舌を引っ込めて口の中にあるヤコブソン器官に着ける。つまり二又の舌のどちら側にニオイの分子が多く着いているかで、獲物のいる方角を特定するためのテイスティングしているのだ。まるでワインのソムリエのように…。
ヘビは、手足が無いことで不便や弱点が多いと思いきや、実に高性能に進化した動物であることがわかっていただけただろうか?本能的には怖かったり、気持ち悪く感じて当然なのだが、この動物の隠れた魅力を人類は見つけ出し、文化的に大切にしてきた点は特筆に値するだろう。
というわけで、ヘビのようにユニークな進化と繊細さを見習う生き方をするも良し、或いはヘビの魅力・大切さに気がついた先人達のように、見た目の偏見を無くして新しい交友関係を広げてみるも良し。いずれにしても読者の皆様にとって、素敵な2025年・巳年になりますように、ヘビに代わってお祈り申し上げます。
おしまい。
P.S.
私のヘビを扱う7つ道具の紹介。攻撃的なヘビや毒ヘビを扱うときは、素手で捕まえずに『スネークフック』を使います。また、どんな獰猛なヘビや毒ヘビでも『ヘビ袋』に入れるとおとなしくなるため、これはヘビの捕獲に世界中で古くから使われているもので、自分で作ったもの。
新宅 広二
生態科学研究機構理事長。専門は動物行動学と教育工学。大学院修了後、上野動物園勤務。その後、世界各地のフィールドワークを含め400種類以上の野生動物の生態や捕獲・飼育方法を修得。大学・専門学校などの教員・研究歴も20余年。監修業では国内外のネイチャー・ドキュメンタリー映画や科学番組など300作品以上手掛ける他、国内外の動物園・水族館・博物館のプロデュースを行う。著書は教科書から図鑑、児童書、洋書翻訳まで多数。
X: @Koji_Shintaku
寄稿・写真:新宅広二
編集:篠ゆりえ
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