※本稿は、6話放送時点での執筆となります
2025年1月クールのTBSドラマ『御上先生』が日曜劇場を揺るがしている。
松坂桃李扮する文部科学省官僚・御上孝が私立進学校・隣徳学院に教師として「出向」という名の左遷をされて始まる物語。高校3年生のクラス担任となって生徒たちを導きながら、共に権力へ立ち向かって行く。
日曜劇場で描かれる「教科書検定問題」「生理の貧困」「ヤングケアラー」
あらすじから知るとコミック原作のような印象を持つかもしれないが、映画『新聞記者』(2019年)の脚本でも知られる劇作家・詩森ろばの筆が冴え渡り、荒唐無稽には感じられない。むしろ、異様なまでに地に足の着いた味わいが癖になる。人物配置や展開、台詞回しが驚くほど精緻でロジカルで、新感覚のリアリズムが確実に立ち現れている。
描かれるテーマも多様だ。教科書検定、生理の貧困、ヤングケアラーなど、テレビドラマで取りこぼされてきた教育現場のリアリティを、切り口を増やして開拓する。『虎に翼』(NHK、2024年)『生理のおじさんとその娘』(NHK、2023年)など、早い時間帯のドラマでも生理をタブー視しない作品は増えてきているが、日曜劇場という王道エンタメが期待されるドラマ枠での言及はやはり一歩の革新だと言える。
エンタメと現実を切り離すために必要だった作業
第2話では自局ドラマへの言及が反響を呼んだ。御上の赴任によって担任から副担任に降ろされた是枝(吉岡里帆)の自室の本棚に『3年B組 金八先生』(TBS系)のDVDや『GTO』(講談社)の漫画が並ぶ様子が映る。その後に、御上が「有名な学園ドラマの新シリーズが始まるたびに日本中の学校が荒れて学級崩壊を起こす」「生徒のために奔走するスーパー熱血教師以外は教師にあらず、という空気を作ってしまった」「全国の高校教師は約25万人。その人たち全部がスーパー熱血教師になるのと、良い教師像自体を考え直すのと、どっちが現実的だと思いますか?」「学校も官僚も驚くほどの前例主義」「今の教育に必要なのはバージョンアップでなくリビルド(=再構築)」と是枝に説く。
ジャンルの代名詞となった有名作品への言及ではあるが、本棚を映してから間接的に言及する、という周到な根回しのような手つきに、政治的とも言える技巧を感じる。演出やキャラクターの言行と作品のトーンの一致が心地良い。また、ドラマそのものへの一方的な批判や揶揄ではない言葉が慎重に選ばれており、先行作品への敬意も漂う絶妙なセリフだ。実際に、飯田和孝プロデューサーは「いつか『3年B組金八先生シリーズ』のような学園ドラマを作りたいという思いがあったんです」とインタビューで述べている。(※1)
教師が熱意を持つこと自体は当然、悪いことではない。「熱血」というキャラクターこそが教育の本質であるかのように誇張したエンタメが想定以上に流行った結果、現実の教育界には本末転倒な影響を与えている。そんな仮説をもとに、エンタメと現実を切り離すために必要だった作業、というのが、このセリフの回りくどくも順当な説明であろう。
エンタメをエンタメとして楽しむためにも、現実に現実として向き合うためにも、切り離しは必須だ、という冷静なスタンス。センセーショナルなだけでなく、このドラマの態度を決定づける、重要で画期的なセリフだった。
学園ドラマとしての異質さはまさにそこにある。暴力性の誇示や社会規範への反抗を目的とした、典型的な「不良」行為はほとんど描かれない。御上先生と生徒が火花を散らすのは、一貫して言葉と論理においてだ。
※1 引用:TBS「『金八先生』への憧れが原点、飯田和孝プロデューサーが現代に届けたい新しい学園ドラマの形」
https://topics.tbs.co.jp/article/detail/?id=21195
見せ場であるホームルームのディスカッション
作中では、私立の進学校、という特殊設定がとことん活かされ続ける。生徒たちも知性があり、知性を持つ者としてのプライドもあるので、無軌道に若さを振り翳して暴れることなど、ない。だからとても見やすく、話が早くて快適だ。
初回に御上はクラス全員が「エリート」の自覚を持つ前提で「真のエリートが寄り添うべき他者とは、つまり弱者のことだ」と諭す。新聞記者の父親への反感から、教師の不祥事をリークし暴走する神崎(奥平大兼)に「何の痛みもなく、人は人を殺すことがある」と、報道の責任を問う。第4話では帰国子女の倉吉(影山優佳)に実体験を語らせ、日米の原爆教育の差を描き出す。
三角関数と見せかけて実は図形だけで解ける数学の問題を御上が解説したり、アクティブラーニングなど能動的で効果的な勉強法も時には登場したりするが、大きな見せ場となるのはクラス全員がいる教室でのディスカッションのシークエンス。週1回、4時間目に置かれている(脚本家・詩森ろば氏がXで言及)ロングホームルームの時間にこうしたディスカッションが行われている、という設定だ。
熱意やパフォーマンスを強調するのではなく、物の見方や考え方をヒントのように提供して、生徒に実行させ、見守りながらフィードバックを与える。一貫して、教師の役割を具体化して絞って見せる教育ドラマだ。教育の外面(そとづら)ではなく、あくまで芯を、中身を描くアプローチとその徹底っぷりが、この教育ドラマの新鮮味だ。
『半沢直樹』以降の悪役と一風変わった・古代
教育の本質に肉薄してみる教育ドラマ、という姿勢は悪役のキャラクター造型にも通じる。『半沢直樹』(TBS系、2013年)以降に定着した日曜劇場の「巨悪」と言えば既得権益、私利私欲、保身、体制といった勧善懲悪構造を作りやすい、利益追求主義の権化たる悪者であった。
しかし、『御上先生』のラスボスらしき学院の理事長・古代(北村一輝)は一味違う香りがする。
世襲ではなく、一代で私立高校を県内最高の進学実績に押し上げた教育者。私利私欲や利益第一主義の臭気はほとんどしない。言ってることもやってることもそれなりに正しいし、かと言って大袈裟な綺麗事に終始するわけでもない。少なくともドラマ前半では悪役たる黒さが、実は具体的にはほとんど描かれない。
心の不調があって教室まで行けない生徒に「理事長室登校」で接し、英語の文法を教える。生徒からの陳情に耳を傾け、生徒相手にも敬語を崩さない。学校の不祥事の噴出にも臆せず「やましいこともないのに断るのはおかしいからね」と、予定されていたメディア出演を辞さない。
出演した番組では「若年層の事件というのは社会が孕む問題が顕在化したものでもある」「“The Personal is political”という言葉がありましてね。個人が抱える生きづらさは政治の問題だ、という意味なんですが、私は教育現場の生徒や教師の個別の事情も、日本の教育全体の問題として考えるようにしております。なのでこの取りようのない責任についても、一教育者として引き続き考えていこうと思っております」ともっともらしいことを言う。
ロジカルで前向きに、立て板に水で喋るものだから「なんかまともそうな人」という印象にもなるが、その隙間にサラリと怖いことを言う。殺人犯が、実は学院を追われた教師・冴島(常盤貴子)の娘であるという報道をプライバシーの問題から逸らし、「むしろ容疑者の家庭環境が決して良くなかったことへの証明」と、冴島をスケープゴートにするための暴論に終始する。暴走気味の神崎の才能を評価する素振りで、本心は冴島を放逐する、という結論から逆算しているような不審さに、闇が綻ぶ。
その一方で、生徒のビジネスコンテスト参加に「隣徳の名声を飛び級で上げてくれます」と好意的だ。受験教育一辺倒ではなく課外活動にも理解があるのは柔軟な印象に繋がるが、あくまで総合的に学校の評価を上げたい、という名誉欲にも見える。
この回では近年の日曜劇場の「サラリーマン×下剋上×勧善懲悪」路線を決定づけた『半沢直樹』への言及も話題になった。金融教育の遅れを「金融マン同士で倍返しし合ってる場合ではありません」と生徒が喝破する。金融を題材にしているだけで実態に肉薄しない場面にならぬよう「金融の本来の意味、それは信用と助け合い」と再定義して見せる。そのプレゼンテーション自体が快活な知的興奮に溢れたエンターテイメントになっている名場面だった。まさに「半沢」的な憎悪と復讐の感情増幅型エンタメの時代にピリオドを打ち、更新するようなクライマックスだった。
思考であり、教育であり、生きること
守るべき実績や組織や権益があり、しがみつくためには他者・弱者を卑怯な手で躊躇いなく潰すのはラスボスのテンプレートだ。しかし、古代は学校を利権の道具としてだけではなく、先代から継いだ財産というだけでもなく、どこか自分の一部のように愛して執着しているようにも見えるのが新鮮だ。
教育者としてそれなりに立派ではあるのだろう、と思わせる曲者を北村一輝が唯一無二の黒光りっぷりで好演している。憎みたいのに憎み切れない。文科省の塚田(及川光博)などが古代とどんな利害関係にあるのか、ドラマ終盤への興味がそそられる。
不倫問題で教職を追われたのが女性教師側だけだったという事実と、官僚(御上)を担任として受け入れるために学年の中で唯一の女性だった是枝が降格されたという事実。冴島を放逐した何らかの力が、そこに突然在ったドス黒い悪なのではなく、社会におけるジェンダーの不均衡の重力をゆるやかに利用したこともドラマの序盤から匂わされる。
「ハゲワシと少女」という有名な報道写真を突きつけられ、現実に取れる行動はゲームのような2択ではない、と改めて思い知らされる。実在のテロ事件を描いた映画『ホテル・ムンバイ』(2018)の1シーンを御上に説明されて、ゲームのようにシンプルに敵と味方が見えるわけではない、という当たり前のことに気づかされる。
社会の問題は敵味方に分かれたゲームではない。その場に敵がいるとは限らない。そんな、物語をわかりやすく明快に盛り上げるためには邪魔な、身も蓋もない現実を差し込みながら、エンターテイメントとしても盛り上げる。薪をくべ、冷や水をかけ、薪をくべ、冷や水をかける。その繰り返しが思考であり、教育であり、生きることなんだと、このドラマは静かに叫んでいる。そう聞こえる。
▼『御上先生論』後編はこちら
※記事公開後、一部記載を変更しました(2025/3/15 15:20更新)
TBS系日曜劇場『御上先生』TBS系毎週日曜よる9時放送
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大島育宙(おおしま・やすおき)
1992年生。東京大学法学部卒業。テレビ、ラジオ、YouTube、Podcastでエンタメ時評を展開する。2017年、お笑いコンビ「XXCLUB(チョメチョメクラブ)」でデビュー。フジテレビ「週刊フジテレビ批評」にコメンテーターとしてレギュラー出演中。Eテレ「太田光のつぶやき英語」では毎週映画監督などへの英語インタビューを担当。「5時に夢中!」他にコメンテーターとして不定期出演。J-WAVE「GRAND MARQUEE」水曜コラム、TBSラジオ「こねくと!」火曜日レギュラー。ドラマアカデミー賞審査員も務める。
寄稿:大島育宙
編集:吉岡葵
素材提供:TBS
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