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橋口幸生|アジアがリベラルをアップデートするー APAC Effie Awards審査会場で考えたこと 【広告はあしたを良くできるのか?】

ドイツのメルツ首相は6月17日、イランの核施設などを攻撃したイスラエルを「私たちのために汚れ仕事をしてくれた」「イスラエル軍と政府が(攻撃を)実施できたことを尊敬する」「感謝する」などと称賛した。

このコラムでメルツ首相のコメントの是非を論じることはしない。しかし、手放しで共感できる人は、日本では多くないのではないだろうか。第二次世界大戦後の補償や謝罪に関して、ドイツは日本の「お手本」とされる傾向があった。だが今や、そんな時代は曲がり角を迎えている。

ドイツだけではなく、欧米は長い間、世界の「お手本」だった。ロシアによるウクライナ侵攻でも当初、欧米各国はロシアを批判し、道義的にも有利な立場となった。しかしイスラエルに対するダブルスタンダードとも取れる言動や、最近のアメリカのロシアへの融和的な姿勢など、世界中の人々が欧米圏のリーダーの言動を疑問に思う機会が増えてしまったように感じる。

こうした政治状況を受けて、広告クリエイティブも変わりつつある。広告クリエイティブはずっと欧米にリードされてきた業界だった。業界最高の権威である広告賞・カンヌライオンズの事務局はイギリスにあり、その名の通りフランスのカンヌで開催される。世界三大広告賞のうち残る2つのTHE ONE SHOWとClio Awardsの拠点はニューヨークだ。受賞作の大半も欧米圏の広告であり、今でもそのクオリティは追随を許さない。アジアの広告が評価される時は、その物珍しさが(言葉は悪いが)「珍獣」として愛でられる場合が多かった。

しかし近年、アジアの広告もここ数年で急速にレベルアップしている。そのことを強く感じるのが、毎年審査員を務めているAPAC Effie Awards(※1)での経験だ。上述した欧米の世界三大広告賞は、それぞれ傾向は異なりながらも、上位入賞作はおおむね共通している。しかし、APAC Effie Awardsには欧米の広告賞では全く見たことのない作品を多く見かける。しかも、クオリティは上がる一方だ。広告クリエイティブの多様性と進歩を考える上で、もはやアジアを避けることはできない。

シンガポールの審査会場にて

そこで今回の記事では、2025年 APAC Effie Awardsの審査で見かけた、秀逸な広告を紹介していく。

※1 参考:アジア太平洋地域における最も優れたマーケティング・コミュニケーションの取り組みを称える賞
https://www.apaceffie.com/about/about-effie?utm_source=chatgpt.com

APAC Effie Awardsの審査で秀逸だった広告3選とは?

インドの公共CM


“The Unparents”は、インドのオートバイ・メーカーであるTVSが作った広告だ。CMは極寒のなか、薄着で凍えている子どもの姿から始まる。近くにいる両親はダウンジャケットを着ていて、暖かそうだ。場面が変わると、ボートに乗り込もうとする親子が登場する。両親は救命ジャケットを着ているが、子どもは着ていない。

次に登場するのは、雨の中、ずぶ濡れになっている子どもだ。やはり近くにいる両親だけが傘をさしている。最後に登場するのは、バイクに2人乗りしている親子だ。運転するお父さんはヘルメットを着用しているが、子どもはつけていない。

そこに「ヘルメットを着用している子どもは、10人のうち、わずか2人です」というメッセージが表れ、子ども用ヘルメットの着用を呼びかけるCMであったことが明らかになる。子どもにヘルメットをつけないことがどれだけ非常識かを、たとえ話で伝えているのが巧い。

インド人の感想を聞いたところ、「このCMの通り、インドの親はノーヘルで子どもの送迎をするんだよ。それ以外はすごく過保護で、甘やかすのに!」と、納得していた。インドの都市部のリアルな日常を切り取った名CMと言えるだろう。

バレンタインデーをキャンセル?

続くこちらもインドで実施された、チョコレートブランドの5starのキャンペーンだ。


インドでもバレンタインデーはカップル向けの広告やプレゼント商戦が盛り上がる。しかし5starはひとりで食べるチョコレートバーなので、このトレンドに乗れない。そこで2024年に実施されたのが、バレンタインそのものを「飛ばす」というキャンペーンだ。

キャンペーンでは、日付変更線をまたいで2月13日から15日へと飛び越える“タイムトラベル船”を実際に用意。恋愛ムードから逃げ出したい「ぼっち」たちを乗せて、バレンタインを飛ばしながら5starを食べる様子を生配信した。

日本のソーシャルメディアでも、ひとりで過ごすクリスマス・イブを自虐的にさらす投稿がバズることがある。ソーシャルメディア世代の若者のインサイトにうまく寄り添った好企画だ。

インドの広告は欧米の広告賞でも常連だが、貧困地域の人権課題を解決するような内容のものが多かった。比べると “The Unparents” と5starはどちらも都市部の消費社会に向けた内容になっていて、インドが経済成長していることが感じられる。

マダガスカルで活躍するファーウェイのAI


最後に紹介するのは、アフリカ・マダガスカル南東部の漁村におけるファーウェイの取り組みだ。ここでは木製のカヌーで沖に出る漁師たちが、突然の強風や嵐に巻き込まれて命を落とす事故が後を絶たなかった。ラジオやテレビで流れる天気予報は広域向けの情報で、漁村レベルではまったく役に立たなかったという。

そこで立ち上がったのが、気象予報士のToky Sylvestre氏が設立したNGO「Mitao Forecast」だ。彼らは、読み書きができない人でも理解できるよう、緑・黄・赤の信号機スタイルで予報を掲示板に表示するという方法を採用。これだけでも効果はあったが、さらに精度を上げるため、Huawei CloudのAI気象モデル「Pangu-Weather」と連携した。

このPangu-Weatherは、従来の数値予報モデルを超える精度を持ち、10日先の天気をわずか10秒で予測できるという。これによって、風速や気圧、気温などの詳細なデータをもとにした、ピンポイントな予報が可能になった。

成果はすぐに現れた。2024年1月、サイクロン「アルバロ」が接近した際、Mitaoの掲示がきっかけで漁師たちは海に出るのを控えた。その結果、多くの命が守られた。現在ではこの取り組みがマダガスカル各地に広がり、75万人以上の住民が恩恵を受けているという。(※2)

G7の一角を担う日本では、中国のAIは「西側に対する脅威」として語られがちだ。しかし、そのAIが人命を守るために使われ、テクノロジーが届きにくい地域の暮らしを変えている現実も、私たちは見過ごすべきではない。「中国脅威論」にとらわれるあまり、その実力や真価を見余らないよう注意する必要がある。

※2 参照:Huawei 公式サイト[「 "AI saves lives in Madagascar”」
https://www.huawei.com/en/media-center/transform/17/17-madagascar

アジアがリベラルをアップデートする。

こうしたアジアやグローバルサウスから生まれる広告を見ていると、ある変化に気づかされる。それは、欧米発の人権意識やリベラルな価値観が、形を変えながら各地に根づき、むしろ普遍的なものとして広がっているということだ。

例えば、インドの “The Unparents” が訴える子どもの安全や、マダガスカルの漁村で命を守るAIの導入は、いずれも人命尊重や弱者へのまなざしといった、リベラルな理念に基づいている。だが、それは決して欧米的な上から目線の「正しさ」の押し付けではない。地域の文脈に合ったかたちで、生活者の課題解決として機能している。

欧米の影響力が相対的に低下しつつある今、その価値観までが失われてしまうのではないかという懸念を耳にすることもある。しかし、今回紹介したような事例を見る限り、そうした心配は杞憂だ。むしろ欧米発の理念が、アジアで翻訳され、再解釈されることで、より多くの人にとって意味あるものへと育っている。リベラルの時代が終わるのではなく、ようやくその価値観が真にグローバルなものになりつつあるのだ。

広告とは、社会が何を大切にしているかを映す鏡である。APAC Effie Awardsの審査で見た作品群は、そうした価値の継承と進化をはっきりと映し出していた。欧米の時代が終わりつつあるとしても、それはリベラルな価値観の終焉ではない。むしろその始まりかもしれない。

 

橋口 幸生
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作はNetflixシリーズ三体「お前たちは、虫けらだ」キャンペーン、ニデック「ニデックって、なんなのさ?」伊藤忠商事「キミのなりたいものっ展 with Barbie」、世界えん罪の日新聞広告など。『100案思考』『言葉ダイエット』著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。
https://twitter.com/yukio8494

文:橋口幸生
編集:Mizuki Takeuchi

 

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