
TBS火曜ドラマがまた爆進した。女性主人公の視点を中心に、ジェンダーや家庭と仕事の関係を新たな角度で立体的に掘り下げてきた枠だ。2016年の『逃げるは恥だが役に立つ』をはじめ、近年でも『西園寺さんは家事をしない』(2024年)、『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』(2025年)などで切実な支持と話題を集めてきた枠が、意外な角度からまた更新された。
『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(以後、『あんたが』)は、傍目からは理想的にも見えた時代遅れな男女のカップルが、破局をきっかけにそれぞれの価値観や振る舞い、生活習慣や人生設計まで見つめ直し、修正していく様子をコミカルかつリアルに、痛々しくも時に愛らしく、独特なタッチで描いた。『今夜すきやきだよ』(新潮社、2021年)の谷口菜津子による同名漫画のドラマ化だ。

視聴者が勝男を応援し続けたワケ
話題の中心をさらい続けたのは、主人公のひとり・海老原勝男を演じた竹内涼真の演技だ。恋人の鮎美(夏帆)を心から愛しながらも「家事労働=女性の担当」というバイアスを疑わない勝男は、無自覚にミソジニーやモラハラの穴を踏み抜いていく。
プロポーズに失敗し振られた勝男は視聴者の想像を絶する不器用さと勤勉さで、エネルギッシュにみるみる炊事に没頭する。最終回に後輩の南川(杏花)が「アニマル動画」に喩えたのが秀逸だった。獰猛で不器用で元気な動物が懸命に何かをしている様子を見守るように、勝男の試行錯誤に視聴者は夢中になった。その一方で、私は本連載でこの夏に取り上げた『愛の、がっこう。』(フジテレビ、2025年)のラストを思い出しもした。
娘を家父長制の檻に閉ざしてきた父(酒向芳)が、まるで人が変わったようにキッチンに立ち、家事労働を率先して進める姿に一部の視聴者からは喝采が湧いた。意地悪な私は、これまで散々この目で見てきた男たちの都合の良い変わり身を勝手に重ねて「妻の怒りに怯んで都合よく家事に手を出しているだけで、あくまで(中略)新たな趣味、もっと言えばマイブームのように勤しんでいるようにも見える。人は一発逆転的には変わらないのではないか、という空気がこのドラマにはある。」と書いた。
人間を真剣に、誠実に描くドラマの中で、人は一発逆転的には変わらない。それはこの『あんたが』でも同じだ。最もわかりやすいのは勝男の父だろう。「九州男児」のパブリックイメージを体現するような家父長制の権化を菅原大吉が威圧感たっぷりに演じた。「愛の、がっこう。」の酒向芳とは大変に気が合うか、全く馬が合わないかのどちらかだろう。
そんな彼もドラマを通してちょっとだけ成長する。本当にちょっとだけ。お代わりの茶碗に米をよそうのは母の仕事だとしか思いつかなかったところから、息子にも頼めるようになり、最終回には自分でできるようになった。それだけだ。
特に大人になると、社会に向き合うフォームを自分で決めてしまうと、人はそう簡単には変われない。「これは違う」「時代に合ってない」「気づかないうちに人を傷つけていた」、そう気づいても、身体や習慣がついていかない。「難しい時代になった」「息苦しい時代」「昔は良かった」「こういうご時世だから」。自分が変化するという選択肢を検討もせず、「時代」という目に見えない何かのせいにする大人たちを現実の世界でも、バラエティ番組でも、テレビドラマの中でも散々見せられてきた。勝男の全力な不器用さは、そうした責任逃れや他責をしない清々しさで応援された。
視聴者が勝男を応援してしまうのは、歴史的に女性が無検討に、感謝もほとんどされずに当たり前のように担わされてきた家事を体験し、反省し、生活習慣だけでなく家族への向き合い方にも反映させるからだ。鮎美が同棲生活の中で負ってきた家事の百分の一も勝男は経験していないかもしれない。家事を担う人が当たり前に続けてきた仕事をちょっと体験して没頭しただけで手放しで誉めてもらえる。視聴者が勝男を愛してしまうイージーさには相変わらず男女の不均衡が反映されている。

それでもただ「男が頑張ってるから」下駄を穿かされて安易に応援された、と解くのは早計だ。勝男は劇中ではそう簡単に誉められていないし、他者の承認よりも自分の納得のために努力をしている。そのなかで、持ち前のストイックさで問いも深まり、傷つく。
母との関係を自問自答し、「俺さあ、ちょっとマザコン気味なのかも」と苦悶する場面で「男がやるから誉められている」という次元は明確に超えた。家事労働と密着させられてきた「母」と、家事労働を免責されてきた「息子」という二者が陥りがちな普遍的な問いが立ち上がり、男子のもがきの物語がグンと深まった。「変化の成長痛」とでも言うべき痛みが浮かび上がる。勝男を応援するのは竹内涼真の演技が面白くて「男なのに偉い」からだけではない。後悔とともに躊躇いなく、変化の痛みにぶつかって行くからだ。
原作とドラマによる鮎美の違い
原作漫画から絶妙にキャラクターの変更がされているのは鮎美の方だ。「男からのモテ=恋愛的承認」と「結婚」を人生の至上命題にし、あえて古い言葉を引用するなら「花嫁修行」を生き甲斐にしてきた人物だ。原作では自分の「モテ」に強いプライドがあり、他の女子を見下すような性格の悪さもコミカルに描かれるが、ドラマではそうした面はクリーンにオミットされている。心機一転、髪色を派手に染めるのは原作もドラマも同じだが、漫画では「宇宙人」と喩えられる奇抜な2色なのに対し、ドラマでは少し派手に見えるが舞台・高円寺には馴染みそうな程度のピンク色に抑えている。
これらの改変は生身の俳優が演じる実在感に寄せたチューニングとも思えるが、テレビの前の視聴者が女性キャラクターの言動をどこまで好感を持って受け止められるか、を慎重にシミュレーションした結果とも解釈できる。ナルシスティックで奔放なファッションの女性を、地上波ドラマの視聴者はまだ素直に受け止められないかもしれない。女の子だから、嫌われないように、原作よりも少し「おしとやかに」「女の子らしく」しないといけない。
ジェンダーバイアスを溶かすかのようなドラマだからこそ、キャラクターのヘイトコントロールに配慮が尽くされている、とも言える。実際、奇抜なファッションや「腹黒い」キャラの女性は、劇中の描写と関係なく視聴者の好き嫌いが分かれやすい、という現状は間違いなくある。ドラマの問題提起をソフトに届けるために、こういう改変がまだまだ必要なのは視聴者を含めた社会の責任の反映だ。

『あんたが』における柳沢はどのような存在だったのか
ドラマは連載中の原作漫画を追い抜いた。同棲家庭から解放され、それぞれに交友関係を開拓し、地元の親兄弟と改めて向き合い、どこかリフレッシュされた辺りで二人ともに悪運の転機が訪れる。
最終回直前に突然登場した柳沢(濱尾ノリタカ)という男に、私は夢中になってしまった。勝男がリーダーを務めるプロジェクトに配置された後輩だが、決まりきった業務以外には一貫して非協力的で、仕事が残っていても定時で帰ってしまう。勝男に愛着を持ち切った視聴者の一部は「今時の若者は」という論調で柳沢を叩いた。
しかし、(彼にも何か背景や事情が合ったことは多いに推し量れるし、どちらかといえば勝男よりも柳沢のような働き方を10年ほど続けてしまっている根っからのフリーランスの私はそうした論調にかなり驚き、我がことのように反省と言い訳を述べたくなったが、それはそれとして)彼がこのドラマを締めた大いなる立役者だと力説したい。
勝男は柳沢との距離感を計り兼ね、摩擦を生んでしまう。コミュニケーションの不足を反省して飲みに誘うも、ハッキリと断られる。ダメ押しのように自作のおにぎりをプレゼントすると、ハラスメントで告発され、出勤停止の処分が下ってしまう。柳沢の言動は多くの人から見れば「やりすぎ」に見えるだろう。
一方で、勝男はこれまで、人間関係に恵まれすぎていた。三男として息苦しかったとは言え、今なお闊達に対話できる母がいて、二人の兄の家庭像を垣間見ることで大きな学びを得ている。会社の後輩も「化石」っぷりを指摘しながらも慕ってくれて、とり天を手作りして兄に届ける突飛なプロジェクトにも乗ってくれる。マッチングアプリで出逢った椿(中条あゆみ)は常に勝男の発想とは別の回路から助け舟をくれる親友になった。
このドラマが始まってからずっと、素敵な出逢いに甘やかされてきた勝男が初めて向き合う「社会」こそが柳沢だったのではないか。なんやかんや甘やかしてくれる、既存の絆や履修済みの価値観で守られた小さな社会で成長したつもりのタイミングで現れた一見「完璧」な後輩は、勝男には理解できない独自のルールで動きながら社内の空気にも適応していた。柳沢はきっと、信頼関係と自他境界にシビアな人間だ。自分のリソースをまだ縁のない人に切り売りしない、と決め込んで自分を守って生きている。
ミナト(青木柚)が結婚などの人間関係を譲れなかったように、柳沢も決めた線引きを譲らない。最終回、同期の南川の頼みで手伝ってくれたと判明するが、これは物語の都合に合わせて掌を返したわけではなく、縁のある人間の頼みには協力する、という彼のルールを勝男が知りそびれていた、というすれ違いに見える。
鮎美との長期間の同棲を経て化石になった男が、世間に放り出されたようなつもりでもがきながらも、実はまだリスクの低い練習試合のような人間関係で、成長したつもりで向き合った社内の新人類との軋轢こそが本戦だった、という明快なプロットは、柳沢なくしては成り立たない。彼との軋轢も勝男の想定通りではなく、勝男の変化を希望や信仰のように眼差す後輩・南川からの天啓的な、間接的なサポートで解決するから、勝男が「完璧」と言いたくなるようなコントローラブルな快感はない。

鮎美と勝男は同じ街を生き続ける。それぞれの近くを通っても、今や声を掛け合わずに三叉路を別の方向に歩いて行く様が空撮で映されて物語は幕を閉じる。1話の冒頭の宇宙のアニメーションに戻り、勝男のように傷だらけの黄土色の星と、鮎美の髪のようなピンク色の星が、地球を中心に交わらずに公転している。
ああ、やっぱり傷と成長痛の物語だったな、と納得して、それでも大好きな二人の別れに食らってちょっと泣いた。ピンクの鮎美の星はあまり傷ついていない。次は鮎美の成長痛ももっといっぱい観たいし、その時には勝男にも一緒にもがいてほしい。
TVerでは1~3話・最終話 U-NEXTでは全話 配信中
Tver:https://tver.jp/series/srp2094kb1
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『じゃあ、あんたが作ってみろよ』Blu-ray&DVD2026年3月27日に発売決定

大島育宙(おおしま・やすおき)
1992年生。東京大学法学部卒業。テレビ、ラジオ、YouTube、Podcastでエンタメ時評を展開する。2017年、お笑いコンビ「XXCLUB(チョメチョメクラブ)」でデビュー。フジテレビ「週刊フジテレビ批評」にコメンテーターとしてレギュラー出演中。Eテレ「#バズ英語 〜SNSで世界をみよう〜」では毎週映画監督などへの英語インタビューを担当。「5時に夢中!」他にコメンテーターとして不定期出演。TBSラジオ「こねくと!」火曜日レギュラー。「ザ・テレビジョン」ドラマアカデミー賞審査員も務める。
寄稿:大島育宙
編集:吉岡葵
素材提供:フジテレビ
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