他人の感情に対して理解し深く共感できる能力を、エンパシーという。グローバル化が進み、様々な価値観や状況をもつ人々がともに暮らす社会にとって、エンパシーは必要だ。しかし一方で、過剰にエンパシーを感じてしまう人は、悲しい事件や出来事に対して共感のあまり自分の心身にまで影響を及ぼす可能性がある。そういったエンパシーの高い人をエンパスと呼ぶ。ここでは、エンパスと混合されやすいHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)にも触れながら、エンパシーが強い人の対処法について紹介する。
エンパスとは
まずはエンパシーが人よりも強いとされるエンパスの定義について改めて考えたい。また、エンパシーと混同されがちなシンパシーとの違いについても説明する。(※1)
エンパスの定義
他人の感情や視点を理解し、その感情を共に感じる能力のことをエンパシーというが、エンパスとは、そのエンパシーが極端に強い人のことを指す。世界の約20%がエンパスだと言われており、単純計算では5人にひとりがエンパスと想定される。
▼エンパシーについて詳しく知る
エンパスの人は共感性が高いあまりに、他人の感情やエネルギーを非常に強く感じてしまうため、それがときに圧倒的なストレスを及ぼしたり、日常生活に支障をきたす場合もある。
多くの人がニュースで他人の悲しい事件を見聞きしたときに「かわいそうだ、良くなってほしい」と共感することはあるだろうが、エンパスの人はその事件に対して、まるで自分の身に降りかかったことのように、より激しく感情を揺さぶられてしまうのだ。対処法として、エンパスの人は自分の感情を理解し、適度に向き合っていくことが大切だ。
エンパスのタイプ
エンパスは、3つのタイプに分けられるという。
- 身体エンパス:他者の身体的な症状に対して敏感に感じてしまう
- 感情エンパス:他者の感情をスポンジのように吸い取ることができる
- 直感エンパス:場合によっては自然や動物の感情も直感的に受け取ることができる
身体や感情など、人によって影響を受ける対象や内容が異なる場合があるが、エンパスの感受性の豊かさについて、指が5本ではなく50本あるようなものだとたとえられている。ひとつのものを触る場合でも、50本の指でその感触を捉えているのだ。
日常生活で人よりも他者の感情を受け取ってしまうため、疲れやすかったり、責任に押しつぶされやすかったり、極度なストレスを感じることが多い。またそのようなストレスや感覚を鈍化させるために、アルコールやドラッグ、食べ物などに依存してしまうケースもある。
エンパシーとシンパシー
よくエンパシーと混同されがちな言葉に、シンパシーがある。シンパシーは自分の立場から相手に同情したり共感したりするのに対し、エンパシーは、相手の立場に立って気持ちを理解し、感じようとする能力を指す。
▼シンパシーについて詳しく知る
※1 参考:ジュディス・オルロフ『LAの人気精神科医が教える共感力が高すぎて疲れてしまうがなくなる本』 (2019年、SBクリエイティブ)
HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)とは?
HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)と呼ばれる人の特徴がエンパスの特徴と類似していることから、しばしばこの両者は一緒に語られる。ここで改めて、HSPの定義についても紹介する。
HSPの定義
HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)は、外部の刺激に対して非常に敏感であり、深く処理する傾向がある人を指す。この概念は心理学者エレイン・アーロン博士によって提唱された。
彼女は、下記の4つの特徴を備える人を、HSPと定義する。(※2)
- 深い処理(depth of processing: 深く考えこんでしまう)
- 過覚醒(overarousal:緊張が高い)
- 情動強度 (emotional intensity:感情の振れ幅が大きい)
- 感覚過敏(sensory sensitivity:小さな変化に気づく)
また、敏感な気質を持つ子どもたちのことをHSC(ハイリー・センシティブ・チャイルド)と名付けている。HSCは、HSPと同様、ものごとを深く考えてしまったり、感情をコントロールできなかったりという症状がある。通常は思春期が終わり、自律神経が整い成人する頃にはHSCの傾向が落ち着くが、HSPは、その時期を過ぎてもなお過剰に共感してしまう症状が続く。HSPは環境や性格などの後天的なものではなく、先天的な気質とされている。(※3)
HSPの特徴
HSPは感覚や感情に対して非常に敏感で、環境の変化や他人の感情に強く反応し、一般的に、深く考え、感受性が高い傾向がある。先述したアーロン博士のオフィシャルサイトでは、以下のような特徴に当てはまる人がHSPだと呼びかけている。
・まぶしい光や、強い臭い、肌触りの悪い布、近くを通るサイレンの音といったものに容易に圧倒されてしまう
・短時間に多くのことを抱えるとあわててしまう
・暴力的な映画・テレビ番組を見ないようにしている
・忙しい日々が続くと、ベッドや暗い部屋、もしくは一人になって刺激をやわらげることができる場所に閉じこもりたくなる
・生活する上で、動揺したり圧倒されるような状況を避けることを最優先にしている
・デリケートで繊細な、香りや味・音・芸術作品がわかり、それを楽しんでいる
・豊かで複雑な内面世界をもっている
・子供のころ親や先生は、わたしのことを繊細あるいは内気だと思っていた。
(※4)
HSPは、創造性が高く、深い思考力を持つという利点もあるが、過剰な刺激に対してストレスを感じやすく、感情的に圧倒されやすいとされている。また、感覚過敏とHSPについても混同されるが、感覚過敏が精神医学の考え方である一方で、HSPは心理学における定義である。
▼感覚過敏について詳しく知る
※2 参照:関西大学人権問題研究室紀要 2019年3月31日「エンパス尺度(Empath Scale)の作成ー高い敏感性をもつ人(Highly Sensitive Person)の理解ー」串崎真志
https://kansai-u.repo.nii.ac.jp/record/3112/files/KU-1100-20190331-02.pdf
※3 参照:敬和学園大学学生論文・レポート集 VERITAS 第28号 2021年「HSPの心を理解する ―当事者と私たちにできること― 」渡邊真代
https://www.keiwa-c.ac.jp/wp2021/wp-content/uploads/2021/08/vt028-5.pdf
※4 引用:The Highly Sensitive Person
http://hspjk.life.coocan.jp/index.html
エンパスとHSPの違い
エンパスとHSPはどちらも感受性が高いという共通点があるが、エンパスは特に他人の感情に対して敏感であるのに対し、HSPは環境や刺激全般に対して敏感である人のことを指す。
エンパスは他人の感情である内面の苦痛や五感すべての機微も自分のもののように感じる能力が強い一方、HSPは外部から受けた衝撃に対して、自分の感情として感じるわけではない。なかには、エンパスとHSP両方の性質を持つ人もいる。
エンパス診断
エンパス診断は、自己診断テストを通じて行われることが一般的だ。エンパスやHSPといった特徴は心理学者による定義であり、精神医学とは分けられて考えられている。そのため、精神科などの病院でエンパスやHSPの診断を受けることはできない。
自己診断
現在、ウェブサイトや本などで、自身がエンパスかどうかチェックする方法がある。これらのテストは、日常生活での感情や反応に関する質問に答える形式が多い。下記は、心理学者の串崎真志さんがエンパス尺度を調べるために作成した自己診断の設問の一部である。(※2)
・相手を見るだけで、相手の気持ちがぱっとわかる
・相手を見るだけで、相手の抱えているストレスがなんとなくわかる
・雑踏や人混みに出かけるのは気疲れするので、できれば避けたい
・痛みを抱えている人のそばにいると、自分の身体も痛くなってくる
プロフェッショナルによる診断
数少ないが、心理学者やセラピストによる専門的な診断もある。専門家は面談やカウンセリングを通じて、エンパスの特性を評価する。HSPにおいては、『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる 「繊細さん」の本』(2020年、飛鳥新社)を執筆し、50万部の大ヒットともなったHSP専門カウンセラー武田友紀さんも、予約制のカウンセリングを実施している。ただし、予約は半年先まで埋まっている状態だという。
エンパスやHSPとして生きる
エンパスやHSPは心理学的な定義であるため、明確な治療法や薬はない。しかし、自分の感情を理解し、対処法を見つけることで、そのストレスが和らぐ可能性がある。
自己理解し、強みを生かす
エンパスやHSPとして生きるためには、自分自身の特性を理解し、それに応じたセルフケアの方法を見つけることが重要だ。ストレス負荷などの短所もある一方で、思いやりが深く、困っている人のことを誰よりも早く察知することができる能力がある。
セルフケアとストレス管理
適切なストレス管理の方法を学び、実践することで、過度な刺激から自分を守ることが必要だ。エンパスは他人の苦しみや痛みを感じ取る一方で、喜びや幸福感も同様に感じ取ることができる。そのため、自身がより幸福だと感じる場所や体験をすることで、心身をリフレッシュすることができる。
また瞑想や深呼吸、リラクゼーションなど、自分だけと向き合いリラックスできる時間を作ることも有効だ。人よりも負荷を受けやすいことを理解し、意識してリラックスしたり休んだりできる時間を取ることも大切だろう。
助けとサポートの求め方
エンパスやHSPに悩む人は、周囲との関わりのなかで自分の状況を伝えていくことも大切だ。話づらいという人もなかにはいるかもしれないが、世の中でも、少しずつ声を上げている人が増えている。
周囲の理解とサポート
家族や友人、職場に自分の特性を理解してもらい、サポートを受けることが重要だ。エンパスやHSPといった言葉は徐々に社会にも浸透しつつある。現在ではHSPやエンパスがメディアでも取り上げられる機会が増え、芸能人のなかにも、タレントの最上もがなど自身がHSPと公表し、その対処法について発信する人も多くいる。
また自身がエンパスやHSPではなくとも、その特徴を理解し、配慮することが大切だ。エンパスの人が悩んでいることに対して、「気にしすぎだ」「大げさだ」という言葉で片付けずに、寄り添い、休みやすくするなどのサポートをすることが必要だろう。
同じ特徴を持つ人と共有する
エンパスやHSPの特徴を持つ人たちと悩みなどを共有するピアサポートを受けることもひとつだ。先述したHSP専門カウンセラー武田友紀さんも、自身がHSPであることを公表している。また、悩みだけでなく、仕事などの場においても、エンパスは同じように繊細で愛や思いやりを持つ人と一緒にいることで、より能力を発揮することができる。
▼ピアサポートについて詳しく知る
まとめ
エンパスやHSPは、その特性によって他人の感情や外部の刺激に対して非常に敏感ではあるが、その特性を理解し、適切に対処することで、豊かな人間関係や充実した生活を送ることができる。自己理解とセルフケア、周囲のサポートを活用しながら、自分らしい生き方を見つけていくことが大切だ。
文:橘くるみ
編集:吉岡葵