よりよい未来の話をしよう

日本に必要な乗り物はリニアモーターカーではなくLRTではないか?

「日本で、今後新しく開通する次世代の鉄道といえば?」

そんな質問を投げかければ、大半の人は「リニアモーターカー」と答えるかもしれない。しかし栃木県宇都宮市で同じ質問をすれば、別の回答を得られるのではないだろうか。

その理由は、2023年8月にLRTが宇都宮市で開通予定だからだ。LRTとは「Light Rail Transit(ライト・レール・トランジット)」の略称で、日本では「次世代型路面電車システム」とも呼ばれることがある。

従来の路面電車と異なる点として、車両の床が低いため車椅子やベビーカーでも乗り入れしやすいこと、騒音や振動が少ないため乗り心地が快適であることなどが挙げられる。一方で、街中に整備された専用線路を走り、街にある停留場で乗り降りするという点は変わらない。

アップデートされている点があるとはいえ、なぜこの時代に路面電車を新しく開通させるのだろうか。そのメリットとは、一体どこにあるのか。

気になった筆者は、宇都宮市建設部LRT整備課協働広報室の担当者に話を伺った。そこで見えてきたのは、”時代と地域に適した交通機関の確立”に挑む宇都宮市の姿と、LRTの可能性だった。

リニアモーターカー建設が絶滅危惧種の生態系に影響を与える?

LRTについて深く理解するべく、冒頭でふれた「リニアモーターカー」にも焦点を当てたい。多くの期待を集めるリニアモーターカーが、そしてその新しい技術がもたらすのは、本当に「いいこと」ばかりなのだろうか。

最高時速は500キロといわれ、品川−名古屋間を最短40分、品川−大阪間を最短67分と、新幹線「のぞみ」の半分以下の所要時間で結ぶリニアモーターカー。現在は2027年の品川−名古屋間開業に向けて、線路の建設工事を行なっている。

一方、工事が周辺地域の環境に与える影響を懸念する声もある。主要ルートの1つである静岡県は、同様の理由からトンネル工事の着工を認めていない。事実、2027年の開業が困難になるほどに議論が決着していないのである。

特に議論されているのが、リニアモーターカー走行のためのトンネル建設についてだ。2014年に、豊かな生態系を有し、地域の自然資源を活用した持続可能な経済活動を進めるモデル地域を指すユネスコエコパークに認定された「南アルプス」の地下を貫く想定になっているが、その際に、水質の悪化や水の流失など、近隣の水環境に悪影響を及ぼすのではないかと懸念されているのだ。実際に山梨県では、工事が進むにつれて水が失われた場所もあるという。(※1)

また水環境だけではなく、周辺地域の動物への悪影響も懸念されている。リニアモーターカーの建設を進めるJR東海は、トンネル工事により、付近にある地下水が300メートル以上低下するという調査結果を出している。

これにより、周辺に生息する淡水魚のヤマトイワナ、ライチョウや高山植物のタカネマンテマなどの絶滅危惧種の生態系への影響が危惧されているのだ。

さらには、トンネル工事で発生する残土の処分も問題視されている。この工事では、360万立方メートルもの残土が発生するとの調査結果が出ており、これは単純計算で東京ドーム約3個分と同等の量なのだ。(※2)

そんなにも大量の残土を一体どうするのか。計画では、南アルプスの一部の地帯に約70メートルの高さに盛り土をすることで処理するという。しかし、南アルプスは脆弱な地質・地形と言われている。

そのため、土砂が静岡県のほぼ中央にまたぐ大井川に流れ込むことや、盛り土の崩壊も危惧され、長期的には、周辺住民の生活にも影響を与えかねないのだ。

上記のように、新しい技術には生活を便利にする側面もある一方で、環境への影響など負の側面が存在することも事実だ。

※1 参考:静岡朝日テレビLOOK「【リニア】環境への影響は…JRが初めて独自調査の資料提示 静岡・森副知事「不測の部分がまだある印象」https://look.satv.co.jp/_ct/17607660
※2 参考:静岡県「懸念3 残土による生態系や環境への影響」https://www.pref.shizuoka.jp/kurashikankyo/kankyo/1040554/1002001/1007414.html

LRTが「市民の暮らしを変える」

では、LRTはどうだろうか。

実は今、LRTは欧州各国、アメリカ、中国など世界各地で注目を浴びている。いったいなぜ、LRTが注目されているのか。それは環境と地域にメリットをもたらすからだ。

まず環境面でのメリットとして、LRTは電気モーターで稼働するため、走行する際にCO2などの排気ガスを排出しない。また、地域にもたらすメリットとしては、渋滞の緩和が挙げられる。LRTが運行することで、車を運転する機会が減少するためだ。

宇都宮市から芳賀町を走るLRT「ライトライン」
定員は160人。一般的な路線バスの定員が約78人であるため2倍以上の定員を誇る。

上記のメリットから、国内では既に富山県などでLRTが運行しているが、宇都宮市には他自治体と異なる大きな特徴がある。他自治体は既存の線路や使用されなくなった電車の線路を活用しているのに対して、宇都宮市は新しく線路の建設も行っているのだ。

なぜ、新しく線路を建設しLRTの導入に踏み切ったのだろうか。宇都宮市建設部LRT整備課協働広報室の担当者は次のように語る。

「宇都宮市では、2017年をピークに人口減少に転じています。2023年現在、約51万人の人口ですが、2050年には約42万人まで減少すると見込まれています。

そのような状況でも市民が暮らしやすいまちにするためには、移動しやすい公共交通機関が必要だと考えました。そこで他の交通機関とも比較をして導入を決めたのが、LRTなのです。

新しく線路を建設してまでLRTを導入した理由の1つにコスト面があります。まちを移動する手段として地下鉄やモノレールを思い浮かべる方が多いと思うのですが、地下鉄を新しく導入するには数千億円がかかります。

一方、LRTであればそれより安価に導入できる。決してやすい費用ではないですが、現在芳賀・宇都宮市LRTの概算事業費は684億円です」

まちを走る公共交通機関という点では、宇都宮市にはすでに路線バスが走っている。なぜ今ここで、さらにLRTを開通させるのか。

「本市では、誰もが豊かで便利に安心して暮らすことができ、夢や希望がかなうまち『スーパースマートシティ』の実現に向けて取り組んでいます。そのための土台として、コンパクトなまちが公共交通でつながった『ネットワーク型コンパクトシティ』のまちづくりを進めています。

そのためには、利便性の高い公共交通ネットワークを構築することが不可欠であると考えました。その中で、南北方向の鉄道とあわせ、高い輸送力や定時性を備えたLRTを東西方向の基軸とし、各拠点間を結ぶ路線バスや、それぞれの地域において日常生活の移動をカバーする地域内交通を整備することにしたのです」

LRTの運航ルートは路線バスと重複する箇所もあるが、LRTと路線バスの連携はどのように想定しているのか。

「LRTと運行ルートが重複するバス路線は、これまで路線バスが運行していなかったエリアを運行し、トランジットセンターでLRTと接続する路線バスなどに付け替えることとしております。

LRTとバス路線が効果的・効率的に連携することで、公共交通全体としての利便性が向上しますので、これまでよりも多くの方が公共交通を利用しやすくなるのではないでしょうか。LRTを導入することで、市民の暮らしを変えていきたいと思っています」

LRTと路線バスの走行ルートについて、担当者が説明してくれた魚の例。
背骨がLRTで、その他の骨を路線バスなどの交通機関が担うイメージ。

人と環境に優しいLRTの魅力

先述したように、LRTのメリットの1つに環境への影響が小さい点がある。宇都宮市では、市独自の取り組みを行い、CO2の削減にさらに寄与するという。

「LRTで用いる電力に、ごみ焼却施設の熱エネルギーで生み出された電気(再生可能エネルギー)を利用することになっています。試算上ではありますが、この取り組みにより、火力発電などで生み出される電力を用いた場合と比較して、年間約1,900トンのCO2削減になります」

宇都宮市のLRTは、環境だけではなく、利用者にも優しい取り組みがなされている。その1つにあげられるのが、100%バリアフリーの停留場である。停留場には段差がないため、車椅子の方やベビーカーを押している方でも利用しやすい。

他にも、点字ブロックやスロープが設置されているため、障がい者や高齢者も利用しやすい設計になっている。また、利用しやすいのは停留場だけではないそうだ。

「LRTは路線バスや電車と違い床が低いため、乗り降りしやすくなっています。電車のホームで車椅子の方が乗り降りするために、駅員が専用の台を用意しホームと電車の間に設置する光景を見かけたことはないでしょうか。LRTではあの作業が不要になるため、車椅子の方でも乗り降りがスムーズになります」

またLRTの車内には、優先スペースも設けられている。そのため、車椅子の方やベビーカーを押している方は、乗車中も安心して利用できるのだ。

ライトライン見学会にて、ベビーカーを押す方が乗車する瞬間。

市民の生活に根付かせるための取り組み

LRTが環境にも良い影響をもたらすことがわかったが、そのためにはLRTを市民の生活に根付かせる必要がある。市民の生活に根付かせるため、宇都宮市はどのような取り組みを行っているのだろうか。

「LRTと他の交通機関がつながるような関係性になれば、市民の利用を促進できるのではないかと考えています。そのためにも、停留所の近くに駐輪場を併設する予定です」

市民の生活に根付かせるため、LRTの車内にも工夫がされている。

「近頃、公共交通機関の利用にはICカードが主流になっていますよね。LRTでは全車両の入り口にICカードリーダーを設置しているため、乗り降りがスムーズに行えます。また、ICカードのチャージ機も車両内に完備しているため、乗車中にICカードのチャージが行えるのもポイントですね」

車内には宇都宮市にゆかりのある工芸品や観光資源をモチーフにしたデザインが施されている。
写真右下の白い部分は宇都宮市で産出される「大谷石」から着想を得ている。

「人口減少の阻止」と「高齢者が起こす自動車事故減少」の鍵を握るLRT

LRTのメリットや、利用促進のための宇都宮市の取り組みはわかった。

それでは、LRTは宇都宮市にどのような変化をもたらすのか。

「宇都宮市には”ゆいの杜”という地域があるのですが、平成27年から現在までで、人口が1.7倍に増加しました。その影響もあり、ゆいの杜地区には宇都宮市としては30年ぶりとなる小学校が開校したのです。宇都宮市では、徐々に人口が、減少するという試算が出ていますが、LRTの効果で、それが少しでも緩やかになればと期待しています」

LRTの走行ルート。芳賀町は宇都宮市の東側に位置する。

上記の地図で示すように、LRTの開業時点での運行ルートは宇都宮駅の東側になる。宇都宮駅の西側への延伸も予定されているものの、東側から開通させたのには理由がある。

東側には工業地帯があり、朝は通勤の車やバスで渋滞が起こる。宇都宮駅から工業地帯まで、通常であれば片道40分ほどだが、朝は渋滞の影響で、倍以上の時間がかかる場合もある。しかし、LRTであれば専用レーンを通行するため、渋滞を回避することが可能だ。

LRTの利用率増加に伴う車の利用率低下、バスの通行ルート変更で、通勤時の渋滞緩和を狙いとしているが、実はそれだけではない。

「高齢者の免許返納率も増加するのではないかと考えています。LRTを含めた公共交通機関が市民の生活に適した形になることで、自分で車を運転する必要がなくなり、免許返納につながるのではということです。運転する高齢者が減少すれば、高齢者が起こしてしまう自動車事故も減少するのではないでしょうか」

警察庁が2015年に委託実施した、運転免許証の自主返納に関する調査に、「自主返納をしようと思ったとき、自主返納をためらう理由」という質問項目がある。

その中で68.5%を占めた回答が「車がないと生活が不便になる」だった。そのことからも、生活をする上で車が必須になっていることが、高齢者の運転免許証の自主返納がなかなか進まない原因として考えられる。(※3)

しかし裏を返せば、車を運転せずとも生活が成り立つのであれば、免許の返納件数が増加する可能性があるということだ。LRTが市民の生活に根付くことで、車がなくとも市民の生活が成り立つことが見込まれるのではないだろうか。

※3 参考:警察庁「 運転免許証の自主返納に関するアンケート調査結果」https://www.npa.go.jp/koutsuu/kikaku/koureiunten/kaigi/3/siryoh/shiryo4.pdf

自分たちが住む「まちの未来」を考えるきっかけに

リニアモーターカーのような新しい技術は、生活を一変させる可能性があり、実現を待ち望んでしまう気持ちもわかる。ただし、技術が持つメリットだけを享受するのではなく、デメリットにも目を向ける必要がある。自分たちの生活を便利にするために、自分たちが住むまちの環境を破壊してしまっては元も子もないからだ。

今回、宇都宮市に話を聞き、LRT開通がもたらす効果は、市民の移動効率の向上だけではないかもしれないことがわかった。

人口減少を食い止め、高齢者が引き起こす交通事故が減少するなど、まち全体に好循環を生み出す可能性を秘めている。また、LRT事業により、自分たちが住む「まちの未来」が変化する可能性があるため、まちの未来を考えるきっかけにもなるのではないか。

高度経済成長期に起こったモータリゼーション(※4)の影響で、多くの線路が廃線に追い込まれた路面電車。しかし、人口減少と少子高齢化は宇都宮市だけが抱える問題ではなく、日本全体が抱える問題であることを考えると、LRTに進化を遂げた姿でまちを走る光景を目にする日もそう遠くはないかもしれない。

※4 用語:自動車産業の発展に伴い、社会的に車の利用が一般化した状態。

 

取材・文:吉岡葵
編集:たむらみゆ
写真提供:宇都宮市建設部LRT整備課協働広報室