「多様性」が重視される一方、考え方や立場の違いによる「分断」も生まれ、ときに傷つく。それがいまの社会ではないだろうか。そんな日常の中で叫ばれるのが、共感による結びつきや対話の重要性である。SNSの発展も後押しとなり、同じような考えを持つ人や共感を抱きやすい問題には結びつきが生まれる。その一方で、結びつくが故の分断も発生する。考え方も生まれ育った土地も異なる様々な他者が共存する社会で、果たして本当に対話はなされるのだろうか。そして共感は分かち合いを生み出すのだろうか。
この問いに対して、対話が難しい環境で活躍する人はどのように向き合っているのだろう。どうしても話を聞いてみたかったのが、テロ・紛争解決スペシャリストの永井陽右さんだ。異なる背景を持つ人たちとどのように対話するのか、また紛争地で活動する永井さんが現在の日本社会に対して思うことを伺った。
「できるかは分からないけど、やるべきでしょ」
永井さんが大学1年だった2011年に開始した活動は、今年で12年目になる。ソマリアの若者ギャングの更生から始まり、現在はNPO法人アクセプト・インターナショナルの代表理事として、ソマリア、イエメンを中心にイスラム過激派とされるテロ組織に属する若者、いわゆる「テロリスト」の脱過激化や社会復帰支援などを行なっている。活動の発端は、ソマリアの現状をどうにかしたいという思いに加え、大人へのカウンターだったという。
「『ソマリアで大変なことが起きている』と言ったって、何も行動していない大人ばかりに見えました。いまは行動することの大変さもわかりますが、大学1年当時の私は非常にピュアだったので、『言うんだったらやれよ。できるかは分からないけど、まずはやるべきでしょ』と思って。大人がやらないなら俺がやる、というのが活動の始まりです」
“学生だからこそできること”を模索する中で、武力紛争とテロリズムが様々な問題の根源ということが見えてきた。そこにフォーカスするようになり、いまは他に類を見ない活動に発展したという。
「『難民』ってよく聞くと思うんですが、難民が発生する1番の理由は武力紛争です。そこから、取り組むべきは武力紛争とテロリズムだと視点が変わっていきました。紛争への取り組みも様々なのですが、いわゆるテロ組織との関わり方については、教科書的なものがありません。これが非常に面倒くさい。ですが解決するためにはやるしかないので、どのようなアプローチができるかを考えました。具体的には、自発的な投降を促したり、逮捕などで強制的に離脱した人たちを脱過激化したりして、社会の担い手に戻していく活動を続けています」
「できることから始めよう」では、難しい問題は一生解決しない
永井さんが大学生のとき「ソマリアで活動をしたい」と伝えると、大人たちからは決まって「まずは勉強して知識をつけ、その上で経験を積むように」と言われたそうだ。永井さんはいま、まさに知識と経験を持った大人になった。当時の自分のような若者がいたら、どんな言葉を投げかけるのだろうか。
「『まず知識と経験を積め』と言いたくはなりますが、それは全く本質ではないですね。私は長年現場に携わった経験も、博士号も持っていますし英語も喋れます。でも、現実はそれをもってしてもできないことばかりです。向き合っている問題が本当に難しい。
いま、漠然と『社会を良くしたい』と考える人がいたとして、『自分には何ができるだろう』から考えると思うのです。それは良いことですよね。ただ現実には、自分にできることだけを考えると難しい問題は一生解決しないわけです。重要なことは『自分にできること』を考えず『何をするべきか』を問うことです。複雑な問題になるほど“いま”できることはないし、10年経ってからでも自分ができることは大してない。真に世界をよくしたいなら、だからこそ何をすべきか、どの問題を解決すべきかという考えを深める。そして重要なのはそこにどれだけの熱量と決意を持って向き合えるかです」
その上で永井さんは、いまの社会は「知る」ことに重きを置きすぎていないか、と問題提起する。社会を良くするために問題に向き合い、現実的な解を見出すためには「知ることが大切」というマインドだけでは圧倒的に足りないという。
「世の中を良くしたい、という思いを持った素晴らしい若者もたくさんいます。でも『きっとできることがある、一歩一歩やっていこう』では思考が止まってしまい、その先のクリティカルな行動を見出せずに終わってしまう。それはすごくもったいないと思います。
難しい問題というものは、大抵3つの要素が重なっています。他人事として扱われ関心を持たれない、好きな人や得意な人が限られる、お金にならないし解決のためのお金も集まらない、この3つです。こういった問題は取り残されやすく、どんどん深刻化します。でも無視するのではなくて、どう良くするかを考え解決していかないといけない。その点、大人が若者たちに、『知ることだけでその問題に関わったような気にならずに、その先に何をするのか考えることも必要だ』と伝えることが、すごく大事だと思います」
ソマリアでの活動は、まさにその「難しくて誰もがやりたくない問題」に分類されるだろう。現地での活動についても、詳しく伺った。
「分かり合えないこと」を分かり合えるという希望
現地の活動は、価値観が異なる若者との対話の積み重ねだ。永井さん自身は、対話という行為をどのように捉えているのだろうか。
「世の中、対話を重視する風潮がありますが、『対話を通じて人は分かり合える!』という前提から入ると、対話が成立しないときに憤りを感じてしまいます。私たちが向き合っているイスラム系過激派組織は、そもそも価値観が全く違います。ですから、対話が成立するわけがない。しかし、だから無理だ、と対話を放棄しては意味がありません。対話は難しいけど、していかなければならない。その前提に立つところから始めるわけです。
その上で重要になるのが『分かり合える』と想定しないことです。分かり合えなくたって、最悪『分かり合えない』ということは分かり合える。それは1つの希望だと思うのです。対話というと、言葉などを使い相互に関わることを考えますが、こちらの姿勢を見せるだけ、それも1つの対話の形だと思うんですよね。その意味では『対話って何だろう?』『対話って何のためにするんだっけ?』など、その目的を深く考えていくと、もっといろんなことができるんじゃないと思うわけです。
現地では分かり合えないことばっかりですよ(笑)。でも、自分以外は他者なんだから、分かり合えなくて当たり前です。対話の中で『何考えてるかわかんないなあ、不思議だなあ』って、お互いに思い合えたらいいですよね」
倫理的に間違っていても、まずは「受け止める」
そんな対話を経て、元テロリストの若者が同じ方向を向いていく。その過程には数年かかることもあるという。対話の姿勢に加えて、コミュニケーションの中で意識していることについても伺った。
「彼らとのコミュニケーションは、本当にあの手この手です。イスラム教指導者を交えた宗教再教育などもやりますが、すぐ適応する人もいれば、長いこと反発し続ける人もいます。『人が変わる方程式』はないので、対話を続け、一緒に考え続けていくしかないと常々思います。
そのためには、『受け止める』ことが大事になってきます。倫理的に間違っていても、気が狂っていても、まずは『なるほどね』と話を聞く。その姿勢が相手と関係性を築く上で重要だと思いますね」
受け止めることから始まる関係性。そこから永井さんたちは、テロリストへの脱過激化・社会復帰プログラムを提供する。プログラムを通じて彼らにどのような変化が生まれるのだろう。
「彼らには、自分なりの論理があります。それに対して、『それは間違ってる、こっちが正しい』と押し付けるんじゃなくて、『何でだろうね?』と一緒に考えていく。そうすると、だんだん自分を通して物事を考え、新しい視座を得たり、少しだけ多角的に見られるようになったりしていくんですよね。そのうちに『おまえは外国人だから敵だ』と睨んでいたやつが、『外国人も、色んなやついるのな』『お前はいいやつだ』みたいなことも言ってくれるようになるんです。この変化はすごいリアルだなと思います。視座を変えるのではなくて、視座を増やしていく、豊かにしていくということなのです」
きれいな言葉にあらがう重要性
永井さんは、1年の半分程をソマリア、イエメンを中心とした海外で過ごす。紛争地で活動する永井さんの目から日本はどんな風に見えるのだろうか。
「日本は安全で平和な、本当に良い国」と話す一方で、現地の若者がプログラムを通してできるようになる、「自分を通して考える」ことができなくなっているのではないか、という危惧を抱いているという。
「YouTubeとかSNSとか、刺激的な情報が溢れている影響で、『考えること』ができなくなってきているんじゃないかと思います。そういった情報を見て、賢くなった気でいるのも危険なことだと思う。知識は無限です。一生の中であらゆる知識を得ることは難しいとすると、自分がSNSなどの情報からいったい何を得られるのか、理解しておくことは大事だと思うんですよね。あとは無限に流れてくるそういった情報に『自発的にあらがえるか』ということも必要なことではないでしょうか」
永井さんは、著書『共感という病』(2021年、かんき出版)の中で、「共感」が持つ危険性にも触れている。ある考えに共感することで、自分の意見を持った気になれる。しかし、それが分かりやすい誰かの意見への同調に過ぎないなら、それは自分の考えだと言えるのだろうか。「共感」は何かを良い方向に導く言葉のようで聞こえが良い。だが、それゆえに問題をかすませる危険性もあると言える。
「『共感』とか『繋がる』とか、言葉としてはきれいですよね。でも繋がれば繋がるほど、『分断』されるものがあります。色んな他者がいる中で、なんでもかんでも繋がって、境界を溶かしていくことが果たして良いのか。その繋がりの外に追いやられる人や現象がありはしないか。きれいな言葉を使うことで、問題を深く見つめくなり、思考停止状態を作る危険性があると思います。冒頭でも話した通り、問題を本当に解決したいなら、適当に『きれいな言葉』を使わないということも重要ではないでしょうか」
ユースがより活躍する世界を築くための「ことば」を作っていく
取材をした日、永井さんはスイスのジュネーブにいた。数ヶ月間滞在し、様々な国際機関と連携して、若者を守るための「ことば」を作るのだという。現在18歳以下の子どもに対しては、国際規範や国際法の枠組みから強い宣言がなされており、兵士として紛争に巻き込まれる状況に様々な対策ができる。一方で、18歳を超えた若者にはそういった枠組みが存在しない。「テロ組織を含む武装勢力にいる若者たちに我々は何を言えるのか」を命題とし、行動を始めているそうだ。
「いま、世界的にはユース(若者)(※1)が社会を変える鍵と言われています。武装勢力にいる若者たちも、テロリストではなく純粋な『若者』になれれば、その一翼を担えるはずです。そのためには、彼らに『悪いことをやめろ』ではなく、『若者として生きていこう』と投げかけられる言葉が必要です。子ども兵に対する枠組みを参考に、強力な力を伴い伝えられることばを作るため、数年前から動いています。10数年かかりそうですけどね、でもやっていきますよ』
アクセプト・インターナショナルは結成10周年の2021年、次の10年に向けた「テロや武力紛争に関わる若者の権利宣言」を発表した。この宣言が、いま取り組んでいる若者のための言葉の土台になっていくそうだ。
※1 参考:ユースの定義は機関等によって異なる。平和と安全保障における若者の役割を示した「国連安全保障理事会決議2250」においては18~29歳とされているのに対し、国連では15歳〜24歳までを若者とし各種キャンペーン等を実施している例もある。その他、30代を含む層をユースと定義づける例もあり、定義には柔軟性が見られる。
テロや紛争のない世界に向けた行動を背中で見せていく
昨今、国内でもメディアに出ることが増えた永井さん。ご自身への注目が高まる中でも、自分が違和感を抱く行動はせず、真摯な姿勢を示していきたいと語る。
「たとえばSNSでもっとフォロワーを増やすために、他人に絡んだり注目を浴びるようなことを発言したりなどはしたくないですね。自分の利益のためにアテンションエコノミーや愚かなSNS空間を助長したくないと素直に思います。私たちは、『テロや紛争のない世界』を目指しています。口先だけにならず、それに見合う行動を続けなければならない。寄付をいただいている支援者の皆さんにも姿勢で示せるように、徹頭徹尾意識して行動するようにしています。その意味では、問題をきれいな言葉で簡単に語ってしまう人たちが逆立ちしてもできないことを自分たちはやっている。その自負はあります。
究極的には言葉より、問題に向き合う姿勢を背中で示し、周りを感化していけたらと思います」
社会を良くしていきたいという思い、それは大切なことだ。ただ、きれいな言葉で飾られた、気持ちの良い「共感」の姿勢を持つだけで終わっていないだろうか。そこから一度距離を置いて、問題の本質を洞察し、具体的に「やるべきこと」を問い直す。心地の良い共感の輪の外に出ると、全く異なる道筋が見えてくるかもしれない。
永井さんが自身の活動を語った新刊、『紛争地で「働く」私の生き方』(小学館)が2023年2月に発売された。ぜひこの本からも、改めて永井さんの行動力とぶれることのない信念に圧倒されてほしい。
※永井さんが代表理事を務めるNPO法人アクセプト・インターナショナルでは、随時寄付を受け付けています。詳細は公式サイトでご確認ください。
https://accept-int.org/
『紛争地で「働く」私の生き方』(永井陽右、小学館、2023年)
永井陽右(ながい ようすけ)
NPO法人アクセプト・インターナショナル代表理事。テロと紛争の解決をミッションに、主にソマリアやイエメンなどの紛争地にて、いわゆるテロ組織の投降兵や逮捕者などの脱過激化と社会復帰支援を実施。テロ組織との交渉および投降の促進、国連機関や現地政府の政策立案やレビュー、国際規範の制定などにも従事。国連関係では暴力的過激主義対策メンター、専門家会議や専門作業部会のメンバーなど。また、ソマリア政府刑務所当局において、暴力的過激主義対策に関する特別顧問、国際人道法の専門研究機関であるGeneva Academy of International Humanitarian Law and Human Rightsにおいて客員フェロー、イエメン政府とフーシ派間の捕虜交換に関する調停委員会のメンバーも務める。
取材・文:大沼芙実子
編集:吉岡葵
写真:永井陽右さん提供