よりよい未来の話をしよう

「街中にアニメキャラがバンバン並んでいていいのか?」ニッポンには「あたらしい公共」が必要だ。

アニメやゲームの女性キャラクターをモチーフにした広告の炎上が後を絶たない。昨年末も駅構内に掲出された広告に対して議論が起きた。不特定多数が目にする広告として性的過ぎるという意見もあれば、表現の自由の範囲内と擁護する意見もあった。

その是非について、本稿で触れることはしない。僕がこの議論を見ていて思い出したのは、ガンダムの生みの親として知られるアニメーション監督の富野由悠季氏の、次のコメントだ。

「暮らしの景色の中にアニメのキャラクターがバンバン並んでいていいのかという話をそろそろしたい。ゆるキャラも含めて、日本の文化を汚染しているような気がしてしょうがない。第三者が話すとただの批判になるから、当事者が話す。商売の道具として宣伝するのは構わないが、『それはおかしいぞ』と当事者が話すべきだ」

富野監督が行っているのは、「アニメという極めて趣味性の高いものが、公共空間に無秩序に溢れていていいのか?」という問題提起だ。

※1 参考:「『宇宙開発は愚か』 ガンダム生みの親、富野由悠季さん」毎日新聞 (2022年3月8日公開
https://mainichi.jp/articles/20220308/k00/00m/040/097000c (2023年1月25日閲覧)

公共がない国、ニッポン

この、「公共」という概念の欠如が、日本における広告表現の議論を不毛なものにしていると思う。炎上が起きても、「私は気にならない」という個人の感覚の話に矮小化されてしまい、議論が深まらないのだ。そして、同じような炎上が繰り返される。炎上を起こした側の「不快な気持ちにさせたのなら申し訳ない」というテンプレート謝罪文も、公共の欠如を象徴している。

クリエイティブ・ディレクターの杉山恒太郎氏は、次のように書いている。

「ただ、社会(パブリック)というものに対するわれわれ日本人の認識の希薄さはちょっと特殊に思える。個人・家族・社会・国家という括りにおいて、日本人には家族と国家はあるけれど、個人と社会が希薄なように感じる」(※2)

よく指摘されるように、日本で公共の代わりに社会の共通認識となっているのは、「空気」だ。「マジョリティの価値観」と言い換えてもいいだろう。その下で、日本の広告は資本主義をドライブしてきた。結果、戦後の日本は平和で豊かな社会を築くことに成功した。広告が日本を良くすることに貢献した一面は、間違いなくある。

しかし、戦後の日本における「マジョリティの価値観」とは、要は「異性愛者の男性の価値観」ということだ。全体として豊かになったとはいえ、枠外にいるマイノリティにとっては、極めて生きづらい社会であったことは否定できない。しかし、マイノリティは声をあげる手段を持たなかったため、「マジョリティの価値観」で社会は回り続けてきた。

この状況を一変させたのが、ソーシャルメディアの登場だ。ソーシャルメディアであらゆる人が発信者になった結果、マイノリティの声が可視化されるようになった。街で見かけた性的な広告をただ受け入れるしかなかった人が、「これはおかしい」と声をあげられるようになったのだ。1つひとつはさざ波でも、合流するうちに大きな潮流になり、社会を動かす影響力を持つようになる。

これは不可逆的な変化であり、「マジョリティの価値観」の時代に戻ることは、ありえない。

今、すべての人を包摂する「あたらしい公共」が求められている。

※2 参考:杉山 恒太郎『広告の仕事 〜広告と社会、希望について〜』(2022、光文社)

広告がつくる、あたらしい公共

世の中にさまざまな表現がある中で、もっとも炎上しやすいのが広告だ。見たくない人に無理やり見せる表現である以上、送り手の予期しない反応を呼び起こしやすい。広告は「公共的」にならざるを得ないのだ。これは、裏を返せば、広告には「あたらしい公共」をつくるポテンシャルがあるということでもある。

このことを、先述の杉山恒太郎氏は「広告から“公告”へ」という言葉で、端的に表現している。

「で、遍く広く伝える「広告」は、大量生産・大量消費を促すためのエンジンだった。ところが、量と規模を争うような世の中が消滅せざるを得なくなると、広告というエンジンも必要なくなる。だから、広告に元気が無くなったり、知的レベルが落ちてきたりしている部分があるんだけれども、「公」という概念を持つことで、広告のスキルを新たに生かせると考えているんだ」(※2)

すでに変化の兆しは、現れている。

毎年3月8日の国際女性デーに、多くの企業が、女性を支援するメッセージを新聞広告として発表するようになった。

2022年度は、女子大学6校が連合広告を出稿。「初の女性総理大臣が誕生」「男性の育休取得率 8割超」といった架空の見出しを並べ、これらが実現するように「学ぼう。声を上げよう。きっとその一歩が、時代を動かしていく。」とメッセージした。

漢方製薬等の製造販売をしている株式会社ツムラは、女性たちへのヒアリングをもとに、生理痛や月経前症候群の症状をビジュアル化した広告を出稿。個人差が大きく、当事者の間でも語りにくい生理について理解を広めることを呼びかけた。

また、数多くの名作CMを手掛ける映像作家の関根光才氏は、2021年に「VOICE PROJECT 投票はあなたの声」を制作している。若者に人気の有名人たちが投票を呼びかける内容だ。若者向けを標榜しているものの、登場する有名人の年代は幅広い。俳優、ミュージシャンなどバックグラウンドも多様だ。おおらかでメジャー感のあるキャスティングの考え方は「タレントCM」に近い。広告のノウハウを使って公共的なメッセージを発信した成功例だ。

これらは国際的な記念日や選挙といった特別なモーメントにおける、例外的な事例だと思われるかもしれない。しかし、日常的に目にするプロモーショナルな広告も、確実に変化している。

プロモーション領域でも実装される公共性

ファミリーマートは2021年3月9日からその年の年末まで、生理用品を2%割引で販売した。生理用品は生活必需品なのに軽減税率の対象外とされていることへの問題提起、と解釈することも出来る施策だ。特筆すべきなのは、これが社会貢献活動ではなく、「創立40周年記念キャンペーン」という極めてプロモーショナルな施策の一貫として行われている事だ。

同じファミリーマートは2022年の年末年始に、氷川きよし氏を起用した「年末年始はファミマで開運!」キャンペーンを実施した。お正月シーズンらしい紅白の世界観で笑顔を見せる氷川氏の姿が印象的だ。

www.instagram.com

最近の氷川きよし氏は、ジェンダーの固定観念にとらわれない活動で話題になっている。2019年に開設したInstagramではウェディングドレス姿などを披露。同じ年の紅白歌合戦のリハーサルでは、次のようなコメントを出している。

「ずっと、イメージ付けされてきた部分があったから、今までイメージされていた氷川きよしというイメージをぶち壊したいという気持ちがあった。今までの氷川きよしは氷川きよしでバックボーンとして毎日、一生懸命やってきたんですけど、20周年を迎えて、時代も変わって、自分らしく、ありのままの姿で音楽を、自分を表現したいって」。

「どうしても人間って、カテゴライズしたり、当てはめよう、当てはめようって、人と比べたりする傾向があると思うんですけど、そこの中でやっているのはすごく苦しいです」

「これからはきーちゃんらしく、きよし君にはちょっと、さよならして。きーちゃんとして、私らしく。より自分らしく、ありのままの姿で紅白で輝きますから、それを見て皆さんも輝いて生きて下さい」

氷川氏の影響で、「紅白歌合戦で、男女でチームを分けるやり方は時代にあっていないのでは?」という議論が起きた。2年後の2021年には、紅白歌合戦はロゴを刷新。グラフィックデザイナーの佐々木俊氏が手掛けた新ロゴは、紅白をはっきりと分けずに、グラデーションでつなげるものだった。

こうした文脈の中でファミリーマートが氷川きよし氏を起用した事実には、ただのタレント広告を超えたメッセージ性がある。しかも、コンビニの現場でワークするプロモーショナルなキャンペーンで起用した意義が大きい。これが2023年の空気感なのだと思う。

※4 参考:「『きよし君にさよなら』紅白の大舞台で見た氷川きよしの覚悟…美し過ぎた熱唱後の投げキッス」 スポーツ報知(2020年1月1日公開)
https://hochi.news/articles/20200101-OHT1T50076.html?page=1

あたらしい公共から、あたらしい資本主義へ

どこまでいっても、広告は企業のメッセージだ。あらゆる表現の中で最も送り手の都合が優先されるため、一方的な押し付けになりやすい。しかし、そうして作られた広告は、世の中に出た瞬間、極めて公共的に受け止められるようになる。

僕はこれを足かせではなく、可能性ととらえたい。広告には、あたらしい公共をつくる力がある。それはビジネスとトレードオフの関係ではなく、両立可能だ。むしろ広告の力で「あたらしい公共」をつくろうとするブランドが、「あたらしい資本主義」をリードする存在になっていくのだと思う。

国際女性デーが広告イベント化する。CMディレクターが投票を呼びかける。演歌歌手が多様性をリードし、企業がそれをサポートする。どれも数年前まで考えられなかったことだ。

そう、「時代なんかパッと変わる」のだ。

橋口 幸生
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作は図書カードNEXT新聞広告、スカパー!堺議員シリーズ、鬼平犯科帳25周年ポスター、プリッツ新聞広告「つらい」、「世界ダウン症の日」新聞広告など。『100案思考』『言葉ダイエット』著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。
https://twitter.com/yukio8494

 

寄稿:橋口幸生
編集:Rei Takiuchi