コーチングとは?
ビジネスシーンで注目を集めているコーチング。もともとどのような意味や歴史を持つのだろうか。
コーチングの意味
コーチングとは、指導対象者が目標を達成するためにコーチがついて支援する方法を指す。基本的にはコーチと1対1の対話によって展開される。コーチングを受ける指導対象者はクライアントと呼ばれる。スポーツや教育の分野でも「コーチ」は存在するが、近年コーチングはビジネスの文脈でマネージャーに必要なスキルとして語られる場合が多い。
コーチングにおいて、コーチは一方的にアドバイスをしたり、教えたり、指示を出したりするわけではない。対話を重ね、クライアントの考えを引き出し、クライアント自身が目標達成のための道筋を見つけられるように支援する。
コーチングの起源と歴史
コーチは、世界で初めて大型馬車が走ったハンガリーの「コチ」という地名に由来する言葉である。「人を望む場所まで送り届ける」という馬車の役目から派生して、「人が目標達成できるところまで支える」という意味でもコーチが使用されるようになった。1840年代にはオックスフォード大学にて、学生の指導をする個人教師のことを「コーチ」と呼ぶようになったという。
マネジメントスキルの1つとして注目を集めるコーチング。ビジネスの文脈でその価値が認められ始めたきっかけは、ハーバード大学助教授であったマイルズ・メイスの著書『The Growth and Development of Executives』(1959年)にある。同作の中では「マネジメントにはコーチングが重要なスキルである」といった旨が記されている。この本が発表されて以降、経営者や政治家、アスリートなどさまざまな分野でコーチをつける人が増加した。
日本で本格的にコーチングの普及が始まったのは1997年のことだ。株式会社コーチ・エィ(当時コーチ・トゥエンティワン )が、日本初のコーチ養成機関としてトレーニングプログラムの提供を開始した。働き方が柔軟になり、リモートワークや転職も一般的になりつつある中で、キャリアを見直す人も増え、昨今ではますますコーチングへの注目が高まっている。
▼他の記事をチェック
コーチングの価値と効果
前述の通り、コーチは具体的な正解を示すことはない。コーチはクライアントに以下のような価値をもたらす。
- クライアントが持つ潜在的な考えや思いに気づかせる
- いままで持っていなかった視点に気づかせる
- 新しい考え方や行動の選択肢を提示する
- 的確な目標設定ができるように現実と理想を擦り合わせる
- 目標達成につながる行動へと促す
これらの価値は、コーチとクライアントの対話によってもたらされる。最終的には、クライアントが自分で目標やそれを達成するための行動を決めていく。コーチングを受けたクライアントは自律的に選択・行動ができるようになるのだ。
会社などの組織においてコーチングは、社員の育成を円滑に行ったり、自発性の高い組織を作ったりするために活きる。トップダウンで指示を出し部下を育成するよりも、コーチングを用いることで、自律したモチベーションの高い社員を増やすことにもつながる。また、対話を中心に構成されるコーチング的なマネジメントスタイルを導入することで、社員間のコミュニケーションも増え、組織内でメンバー同士の理解も高まると言えるだろう。
コーチングのメリット、デメリット
広く取り入れられつつあるコーチングだが、メリットもあればデメリットもある。
メリット
大きなメリットとしては、「行動変革につながる」ことが挙げられる。クライアントからすれば自分の行動が変わるし、マネージャーからすると組織のメンバーの行動変革を促すことができる。1人では達成しにくい目標であっても、伴走するコーチの存在のおかげで挫折しにくくなる。
また、「コミュニケーションの質を上げられる」という利点もある。これはとくに組織内でコーチングを導入した場合だが、コーチングのプロセスを踏むことで上司・部下間の対話の機会が設けられる。一方的な会社や上司からの押し付けだけでなく、対話を通じて社員1人ひとりの希望とすり合わせながら目標設定をすることで、互いに納得感を持って業務に取り組むことができるだろう。
デメリット
一方でデメリットも存在する。最も大きなデメリットは「時間がかかる」ことだ。対話を重視するため、クライアント1人ひとりと丁寧に向き合う時間をとる必要がある。また、短期間で成果が出るものではなく長期的なスパンで目標設定や行動変革を促すので、結果が分かるまでにも時間を要する。
さらに、コーチングは属人的な手法でもある。さまざまなコーチ養成機関が作ったメソッドや技術はあるものの、対話がベースとなるため、コーチの技量や経験、クライアントとの相性などによってどうしても効果に差が出る可能性もある。
コーチングのプロセス
コーチングに関する専門的な研究や、手法の開発は現在進行形で進んでいる。ここではコーチになるための代表的な道筋や、コーチに求められるスキルについて紹介する。
コーチになるには
コーチングを行うためには知識や技術が必要なものの、必須の国家資格は存在しない。しかし、民間のコーチ養成機関や団体が発行している資格は存在し、その取得に向けたトレーニングや試験を受けることで、一定のスキルを持つことの証明ができる。
ただし、コーチと言っても目的や対象によって必要なスキルは異なる。個人の人生全般を対象にした「ライフコーチ」、ビジネスや職場での問題解決に特化した「ビジネスコーチ」、企業の経営層や幹部層を対象とした「エグゼクティブコーチ」などに分けられる。コーチを目指す際には、自分が対象としたい分野を見極めて学習を進めることが重要だ。
また、国際的な資格としては、国際コーチング連盟(ICF)が発行する認定資格がある。国際コーチング連盟は、1995年にアメリカで設立された非営利団体だ。2022年11月時点で、世界167カ国、54,183人が会員として所属している。(※1)国際コーチング連盟の資格には、「アソシエート認定コーチ」「プロフェッショナル認定コーチ」「マスター認定コーチ」の3つがあり、トレーニングやコーチングを経験した時間によって得られる資格が異なる。国際コーチング連盟の資格を取得すると、国際的にも伝統的なコーチの知見を学んだプロのコーチとして活躍しやすくなる。
ICFが実施した2022年世界消費者意識調査では、コーチングクライアントの85%が、「コーチが認定資格を保有していることは重要または非常に重要」と回答しているというデータ(※2)が示されている。資格は必須ではないものの、クライアントに安心してコーチングを受けてもらうために、資格の取得はおすすめできる。
コーチングに求められるスキル
コーチングでは、クライアントとの深い信頼関係の形成や、クライアントの考えを深掘りする力が重要である。それらをスムーズに行うための基本スキルとして「傾聴」「質問」「承認」の3つが挙げられる。
傾聴
傾聴とは、心から相手の気持ちに寄り添って話に耳を傾けることである。「聞く」と「聴く」は異なる。「聴く」の場合は自ら進んで注意深く話を聞きに行く姿勢を表す。
具体的には、「あなたの話を聴いている」という姿勢や態度を相手に示すことが重要なポイントの1つだ。相手の目を見る、相手が話し終わるまで黙って聞く、頷く、感情を表情で示すなどの対応があるだろう。大袈裟にする必要はないが、反応を示すことで話をしっかり聴いていると伝え、クライアントに安心感を与えることができる。
また、傾聴を通してクライアントへの共感を示すことも大切だ。誰しも、否定的な態度を取られると話しにくいだろう。同意できるときには同意していることが分かる相槌を打ったり、相手の話した内容を繰り返したりまとめたりしながら、信頼感を高めていく必要がある。
傾聴はさまざまな場面でその重要性に言及されているが、意外と難しい。コーチングだけでなく、他人とのコミュニケーションにおいて何か課題があるときは、まず相手の話を傾聴できているかを見直してみるのが良いだろう。
質問
次に必要なのが質問力だ。ここでの質問は、クライアントのことをよく知るための情報収集というよりは、クライアント自身に考える時間や気づきを与えるための問いかけを指す。傾聴を通じてクライアントの問題点がわかったとしても、すぐに伝えるのではなく、質問を通してクライアントが自分自身で気づけるように導く。
具体的な質問のコツとしては「オープンクエスチョン」を使うことが挙げられる。「はい」「いいえ」で答えられるような質問を「クローズドクエスチョン」と呼ぶのに対し、答えが不確定な質問を「オープンクエスチョン」と呼ぶ。「どんな?」「どうして?」「どのように?」などと質問することで、クライアントは自分の考えや気持ちを深く理解するきっかけを得られる。また、質問は課題を見つける場合だけでなく、今後どうしたいのかといった未来のビジョンや目標を設定するためにも有効である。
承認
承認は、相手を受け止めることである。傾聴、質問を通して見えてきたクライアントの課題感や目標をそのまま受け止めて認めるということである。目標を定めて行動したとしても、必ずしも最初からうまく行くとは限らない。失敗があったとしても、クライアントが主体的かつ継続的に行動できるようにするために、コーチは褒めたり受け止めたりするスキルが必要だ。
承認をするときには、対話を通じて理解したことを具体的に伝えることや、何度も伝えることが大切だ。具体的にというのは、「どんな場面での出来事か」「いつのことか」「どのようによかったのか」などを伝えるということである。また、何度も伝えることで、クライアントに肯定感を感じてもらい継続的な動きにつなげられる。
また、「あなたは〜ですね」といったYouメッセージ、「あなたのおかげで私は〜でした」といったIメッセージ、「あなたのおかげで私たちは〜でした」といったWeメッセージの組み合わせで伝えることもテクニックの1つとして挙げられる。クライアントに関心を持っていることや、コーチ自身が本心から言っているのだという印象を与えられる。
※1 参照:国際コーチング連盟「ICF JAPANについて」https://icfjapan.com/icfj
※2 参照:国際コーチング連盟「ICF認定資格」https://icfjapan.com/post/credentials/510
コーチングの特徴や違い
コーチングの他に、ティーチング、メンタリング、カウンセリングなどの手法もある。それぞれコーチングと近い部分もあるが、目的や手法などが少し異なる。
ティーチング、トレーニング(教育・研修)
ティーチングはその名の通り、「教える」ことが主軸にある。経験豊富な指導者が、知識やノウハウを伝え、指導対象者をゴールへと導く。コーチングと大きく異なるのは、明確な「答え」が指導者側にあることだ。指導者が指導対象者に答えを提示し、実践したり教えこんだりするスタイルを採るので、コーチングよりは一方的な指導体系になる。また、コーチングは1対1で行われる場合が多いが、ティーチングは学校での授業のように1対複数人の講義形式で行うこともある。
ティーチングが有効なのは、指導対象者の知識や経験が浅い場合だ。たとえば会社では、新卒社員や業界未経験者のようにまだ仕事に慣れていない相手を教育するときには、ティーチングの手法でお手本を見せる方が効果的である。一方で、ティーチングをずっと続けてしまうと自主性のない働き方になってしまうため、ある程度スキルが身についた相手に対してはコーチングのスタイルに変更する方が良いだろう。
また、ティーチングと似た手法としてトレーニングもある。トレーニングでは指導者が先頭に立ち、指導対象者とともに実践しながら指導する手法である。
▼他の記事をチェック
メンタリング
メンタリングはコーチングと同様に、1対1での問いかけや傾聴を重視した対話を用いる手法である。メンタリングにおいて、指導者をメンター、指導される側をメンティーと呼ぶ。メンティーにとって人生や働き方の先輩、ロールモデルのような存在の人がメンターとして選ばれる。
コーチングとの大きな違いは、対象とする領域の広さだ。コーチングでは特定の業務や目標を対象とした支援をすることが多い(ただし、ライフコーチのように人生全般を対象にする場合もある)。一方でメンタリングはキャリア全般を通して、または人生を通してといったように中長期的な目標のために行う。メンティーの心理的なサポートや思考の整理、ロールモデルの提示などもメンタリングの領域に含まれる。そのため、コーチングよりもメンタリングの方が期間が長くなりやすい。
カウンセリング
カウンセリングは相談者の悩みや困りごとを傾聴し、それらを解決に導くことである。カウンセラーは、相談者の話を聞きながら思考の癖や問題の根本を探り、1人では見つけにくい解決方法を探す手伝いをする。コーチングとの大きな違いは、その目的にある。コーチングは目標達成を軸に置いた未来志向の考え方である。一方で、カウンセリングは問題解決が主目的にある。カウンセリングでは、問題の原因や解決方法を探るため、相談者とともに過去を振り返り深堀りしていく。コーチングでもカウンセリングでも、最終的には「今後どう動いていくのか」といった方針を決めることはあるが、出発点が異なるのである。
カウンセリングは、身近な人に相談しづらい悩みやストレスがある人の精神的な治癒やサポートにもなる。一方で、目標や目的が明確になっている人はコーチングの方が適していると言えるだろう。
▼他の記事をチェック
コーチングの現代的な活用
現代社会において、コーチングはどのような役割を果たすのか、またどのように活用されているのか。いくつか例を紹介する。
組織やビジネスにおけるコーチングの役割
前述の通り、コーチングは会社などの組織において有効活用できる。
たとえば、部下の育成を円滑に行うためにコーチングは効果的だ。コーチングはティーチングと異なり、指導対象者が自ら答えや方針を考えていくことに特徴がある。そのため、コーチングを受けた人は自発的に行動を選択し、実行できるようになる。組織メンバーのリーダーシップを引き出し、自律的な人材を育成するための一助としてコーチングを活用できるだろう。
また、チームワークを高めるためにコーチングを取り入れるのもおすすめだ。傾聴や承認を基本としたコーチングによって、信頼関係を構築しやすくなる。今までは話しづらかった悩みや不安・不満が解消するケースもあるだろう。
実際に業務の中で、コーチングを取り入れている企業も存在する。たとえばパーソルキャリア株式会社(※3)では部長職以上の社員を対象に1on1形式のコーチングを実施している。マネジメント層が抱える悩みに対応するためにコーチングを取り入れたという。
※3 参照:パーソルキャリア株式会社「コーチングを通して社員の成長課題解決をサポート。影響力の大きいマネジメント層を支えるコーチング体制とは。」
https://www.persol-career.co.jp/recruit/newgraduate/hataraction/coaching/
個人の成長とセルフケアにおけるコーチング
組織のみならず、個人にとってもコーチングを受けるメリットはある。まず、コーチングによって内省したり自分で考えたりする癖がつく。人から言われるのではなく、自分で反省点や改善点を見出し、成長を促進できる。
また、内省によって自分のやりたいことやすべきことがはっきりすると、能動的に行動できる。よりモチベーション高く仕事や勉強に取り組めるため、パフォーマンスの向上にもつながるだろう。
さらに、コーチとの対話を通し、自分でも気づいていなかった強みや弱みに気づくこともある。自分をよく知り、適切にセルフケアをしながら活動できるようになるはずだ。
デジタル時代のコーチング
コーチングの効果は普遍的であるが、テクノロジーの進化によりコーチングのあり方は変化してきている。特にコロナ禍以降はオンライン・コーチングのニーズが急上昇した。ビデオミーティングでコーチングを受けられるため、移動などが必要なく、以前よりも気軽にコーチングを受けられるようになっている。ビジネスパーソン向けのキャリアコーチングや、経営者向けのビジネスコーチングなど、分野別にさまざまなコーチングサービスが登場している。
また、コーチングをサポートするデジタルツールも登場している。たとえばアメリカで生まれた「PILOT」というツールは、コーチング結果を分析するツールだ。分析結果を次回以降のコーチングに反映できるため、コーチング担当者の負荷が軽減する。さらに、コーチング精度の向上も実現できる。
深く人と向き合う作業が必要なためコーチングは、負荷が高くなりがちだ。しかし、このようなツールの登場によって、今後より気軽にコーチングを取り入れられる組織が増えていくのかもしれない。
まとめ
生き方や働き方の選択肢が増え続ける中で、迷いが生じる人も増えているのであろう。そんな中でコーチングに注目が集まるのも理解できる。コーチングを通して、自分1人では見つけられなかった新しい視点を身につけてみるのもいいかもしれない。
また、コーチングにおいて重要とされるスキルは、日々の生活においても重要なスキルと言えるだろう。無関心が問題視される現代において、他者への関心を持って傾聴したり承認したりできる人が増えることは、社会課題の解決にも繋がるかもしれない。
文:武田大貴
編集:大沼芙実子