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「星のや沖縄」から見えた、星野リゾートのソーシャルグッドへの挑戦

2019年末から始まった、新型コロナウイルス感染拡大。人類の移動範囲の拡大と移動の低コスト化により、人々の流動性が歴史上最も高い現代において、強力な感染力を持ったこの災厄は、恐ろしいスピードで世界中に拡がった。この数年で世界は混沌に陥り、多くの方々の命が失われた。そして感染防止の観点で、経済活動もその多くが極端に落ち込んだ。とりわけ、移動を伴う旅行業界は致命的な打撃を受けてきた。

2023年となった今も、世界中でコロナの脅威は残っている。しかし、ひと通りのリスクを体験した世界各国は、現実と折り合いを付ける形で、徐々に経済活動を復活させている。日本国内でも議論は続いているが、徐々に経済活動を維持しながら感染防止に努める姿勢を取り始めた。その結果、苦境に立たされ続けた旅行業界も、全国旅行支援などの施策の影響もあって、少しずつではあるが状況が回復しつつある。

数年のコロナ禍が多くのビジネスを追い詰める結果となったことは前述の通りだが、発想の転換と努力で危機を乗り越えた企業は少なくない。特に旅行業界では、ワーケーションによる平日需要の喚起、近距離旅行のマイクロツーリズムなどの提言によって、旅行業全体を盛り立てるなど、ひときわ奮闘が目立つ企業が存在している。星野リゾートだ。

驚くほど早い星野リゾートの「勝手にSDGs」の取り組み

星野リゾートは、圧倒的非日常感を追求した日本発のラグジュアリーホテルブランド「星のや」を筆頭に、「界」「リゾナーレ」など、利用者のニーズに合わせて国内外に良質な宿泊サービスや価値を提供する、ホテル運営会社のトップランナーのひとつだ。同社の歴史は古く、1914年に軽井沢で創業して以来、100年以上も利用者に愛され続ける老舗だ。しかし同時に、時代に柔軟に対応して常識を打ち破る革新的な企業でもある。そしていかなる時もぶれないのが、同社のソーシャルグッドへの取り組みだ。

社会を前進させる情報発信を行う「あしたメディア」では、コロナ禍においても前向きな経営姿勢によって価値を拡大する同社が、ソーシャルグッドに対する積極的な取り組みを、時代と共生する経営の一軸として重視していることに注目し、その視点から同社の取り組みの一部を紹介したい。

同社のソーシャルグッド、特にSDGsの取り組みは、驚くほど早い。そもそもSDGsという言葉が世界レベルで大きく露出したのは、2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載されたタイミングだろう。しかし、同社はその100年近く前から、現在におけるSDGsにつながる取り組みを始めている。

たとえば、エネルギー問題への取り組みなどは象徴的だ。1917年には、早くも木製水車を利用して自前での電力発電に取り組んでいる。「星のや軽井沢」の敷地内には2か所の水力発電所があり、直近4年の年間平均発電量は約76万kWhにものぼる。自家水力発電と地中熱・温泉排熱利用設備によって、「星のや軽井沢」の使用エネルギーの約7割を自給している。しかも「星のや軽井沢」の敷地を流れる川は、下流にある水力発電所のために設けられた調整池で、水力発電の仕組みそのものが宿の景観設計に寄与している。つまり、ソーシャルグッドに取り組むことが、宿自体のサービスクオリティの向上へと繋がっているのだ。

また、同社はゼロエミッションにも挑戦している。ゼロエミッションとは国際連合大学が1994年に提唱した、廃棄物の排出をゼロにするという考え方だ。同社の軽井沢事業所では、1999年にホテル運営で生じる廃棄物の単純焼却・埋立てごみゼロを目指す形で「ゼロ委員会」を立ち上げた。その結果、多様な廃棄物が排出されるホテル事業では難易度が高いとされるゼロエミッションを、2011年11月から現在まで達成し続けている。

同社のソーシャルグッドな取り組みとしては、エコツーリズムも重要だ。エコツーリズムは、自然環境や歴史文化など地域固有の魅力を観光客に伝えることで価値が理解され、保全につながることを目指す仕組みのことだ。同社では、ホテル運営を行うエリアの生態系を守りながら、利用者にその魅力を伝え、理解を深めることを目指している。同社はエコツーリズム専門家集団「ピッキオ」による解説を交え、動植物の魅力を体験するネイチャーツアーを提供している。中でも「星野リゾート 西表島ホテル」では、島の自然環境を保護しながら持続可能な観光の仕組みを構築するために「エコロジカルなホテル運営」「島の魅力と価値を感じるネイチャーツアー」「イリオモテヤマネコの保護活動」を軸とする日本初の「エコツーリズムリゾート」を目指している。

この他にも同社のソーシャルグッドに向けた取り組みはあるが、これらすべての前提となる考え方が「勝手にSDGs」という同社特有の経営方針だ。これは、同社が経済価値と社会価値を両立するCSV経営を重視しており、現在、世間で言われるSDGs自体が、同社のCSV経営を体現する枠組みのひとつだという、ある種の宣言だと読み取れる。環境経営の推進やフードロスの削減など、同社が従来から志向する経営方針は、現在社会的に推進されているSDGsと合致するもの。だからこそ、同社が訴求する「勝手にSDGs」からは「100年前から自分たちは勝手にSDGsをやってきた」という堂々たる自負が感じられる。

この「勝手にSDGs」というソーシャルグッドな経営方針の中でも、個人的に特に注目しているのが、環境保全と地方創生の視点が強く根付いていること。筆者は先日、星野リゾートが沖縄本島に展開する「星のや沖縄」にワーケーション目的で逗留する機会があった。実際に星野リゾートの環境保全と地方創生の取り組みを実感することができたので、以下は筆者の主観的な体験記として、カジュアルに紹介したい。

実際に「星のや沖縄」を体験して気づくソーシャルグッド

「星のや沖縄」は、独創的なテーマで非日常を提供する「星のや」の8番目に作られた施設として、2020年に開業した。海岸線に沿う形で細長く広がっているのが特徴で、「グスクの居館」をコンセプトに沖縄の史跡「グスク」からインスピレーションをうけた「グスクウォール」に囲まれている。全室オーシャンフロントの客室に加え、温度管理によって1年中入ることができるインフィニティプールなども楽しい、美しくも落ち着いたリゾートだ。場所は、沖縄本島の読谷村にある。那覇空港から車で1時間程度で辿り着くことが可能で、ブセナリゾートやハレクラニ沖縄などが点在し沖縄県内の高級ビーチリゾートとして有名な沖縄中部エリアと比較しても、アクセス的にとても便利だ。

そんな「星のや沖縄」に車で到着し、エントランスをくぐってまず驚いたのは、独特なレセプション。まるで海の中にいるような不思議な揺らぎを感じる空間に癒される。深海をイメージしたというレセプション内部は、その神秘的な深い青色の世界を相まって、一気に非日常的な感覚に取り込まれる。そして目を奪われるのは、レセプションを貫く大きな木。断面が珊瑚の形に似ていることから「サンゴの木」と名付けられたそうだ。海中をイメージしたインテリアとしても、アクセントが効いている。

独特なレセプションを抜け、「グスクウォール」の内側、「星のや沖縄」内部に入ると、目の前に広がるのは広大な緑の世界。雄々しく茂る植物と宿泊施設が延々と並んでいる。100室ある宿泊棟はすべて低層設計されていて、海岸線沿いに全長約1キロほど建ち並んでいる。宿泊施設は、全室オーシャンフロントになっているのが特徴。あえて部屋数を確保できない低層設計を選択したのは、部屋にいながらにして海との距離を近くに感じることができるためだ。確かに、ハワイなどでホテルに宿泊すると大抵は建物の高さがあるため、海をあまり身近に感じることができないが、「星のや沖縄」では海がすぐそばにあると実感することができる。

個人的に印象的だったのは、部屋に面した海岸が、意図的に開発されていない点だ。通常はオーシャンフロントの立地を活かすため、部屋前の海岸を掘削したり砂入れをするなどして使い勝手の良い海水浴場にすることが多いが、「星のや沖縄」は沖縄の自然の美しさをそのまま伝え残すという環境保全の観点と、利用者が落ち着いた時間を過ごすことが可能なように、あえて手付かずの自然をそのまま残す選択をしている。ここにも同社が志向する「勝手にSDGs」の一端を垣間見た気がする。

筆者が宿泊したのは、「フゥシ(星)」と呼ばれる部屋。真正面に広がる海を眺めながら、ほりごたつ式のソファに身を沈めてのんびりした時間を過ごすことができる、落ち着いた雰囲気が心地良い。ベッドルームの壁紙には琉球紅型が施され、客室内には沖縄の焼き物であるやちむんや金細工など、沖縄ならではの工芸品を取り入れることで、地元の産業活性化に対する意識を感じることができた。これらの地元工芸品の一部は「星のや沖縄」内で購入することが可能だ。

今回は、主にワーケーション目的の滞在ということもあり、大きな窓がついたデスクで物書きをしていたが、少し疲れてふと顔を上げると、目の前に沖縄の美しい海、という圧倒的な景色に心から癒された。地道なデスクワークをする上で、疲れたら顔を上げるだけで癒されるという、ワーケーションにおいての最高のローテーションが秀逸だった。東京との打ち合わせもあったのでオンラインミーティングも実施したが、高速なWi-Fiにより滞りなく実施できた。ちなみに「星のや沖縄」では、敷地内のビーチサイドでの屋外ワーケーションも実施可能だという。電子機器に少々不安を抱えていた筆者は挑戦しなかったが、次回はぜひトライしてみたい。

ちょっと変わったところでは、「星のや沖縄」には道場がある。開放的な窓と縁側を備える道場は、沖縄文化の体験拠点として設けられた。そもそも道場である理由は、空手が沖縄発祥で、体を動かす場として馴染みが深いからだそうだ。滞在中に琉球空手はもちろん、琉球舞踊や読谷村と関係の深い琉球音楽の歌三線なども体験することができる。教えてくれる講師は、地元の専門家が務めている。これらのプログラムは、全国から訪問する観光客に対して、沖縄県の独自文化を発信、振興する目的もある。観光客の滞在を通じて沖縄を盛り上げるという地方創生の意識が、良質なサービスと融合している点が魅力的だ。

今回の滞在では琉球空手を体験する時間はなかったので、道場で沖縄の伝統茶「ぶくぶく茶」を頂いた。煎った米を煮出した湯に番茶とさんぴん茶を合わせた茶湯から作られるもので、ポイントは硬水を使用すること。茶筅でふわふわに泡立てたら、あらかじめ茶湯を入れておいた茶碗に盛る、沖縄独特のお茶だ。ここにも消えゆく地元文化を継承しようという意志がはっきりと見てとれた。このように、徹頭徹尾、目の前にあるものには何かしらの明確な意味を感じられるのが、今回の「星のや沖縄」滞在体験だった。

世界が求めるその先を理解、提供する「勝手にSDGs」

沖縄ならではの体験が単に珍しいサービスとして閉じることなく、地方創生や環境保全と繋がっているのが「星のや沖縄」の価値設計の魅力であり、同社が目指すCSV経営、そして「勝手にSDGs」のスタンスなのだろう。今回は沖縄にある「星のや」ブランドの宿に滞在したが、星野リゾートが全国展開する温泉旅館ブランド「界」も、地方創生を強く意識したサービスが特徴だ。「界」は、地域の文化に触れる客室「ご当地部屋」と地域の伝統文化や工芸を体験する「ご当地楽(ごとうちがく)」を展開している。地方の伝統文化や伝統工芸を宿泊施設のおもてなしに活用することで、失われつつある伝統工芸や文化の継承に貢献している。

2023年に入り、コロナは再び世界レベルで拡大の気配を見せ始めているが、日本国内における旅行ムードは盛り上がりつつある。昨年末に実施したBIGLOBEによる「旅行に関する意識調査」でも、今後旅行したい人および旅行の予定がある人は4割弱と、大きな需要が見込まれている。もちろん、星野リゾートは止まらない。

そして、星野リゾートが前進し続ける理由のひとつは、前述の通り、老舗の立場に甘んじることなく、次代を見据えた価値の提供にあると筆者は考える。同社が提唱、実践する「勝手にSDGs」は、今まさに世界が求めるSDGsの実践であることは間違いないが、求める先を進むからこその「勝手にSDGs」なのだ。そこにはきっと、厳しい状況が予想されるこれからの社会を生き抜くヒントがあるに違いない。今後も同社が目指す方向を、そして社会にどう寄与していくのかを見ていたい。

 

取材・文:石川裕


本記事に記載された見解は各ライターの見解であり、BIGLOBEまたはその関連会社、「あしたメディア」の見解ではありません。