よりよい未来の話をしよう

こどもの視点から考えるソーシャルグッド

©️「こどもの視展」ITOCHU SDGs STUDIO



大人用につくられた世の中で、こどもたちは暮らしてる。

このタイトルは、2022年、ITOCHU SDGs STUDIOで開催された体験型展示『こどもの視展』のために書いたコピーです。このイベントは私たち「こどもの視点ラボ」がプロデュースし、6つの企画を通して大人の皆さんに「こどもになって世界を見てみる」ということを体験してもらいました。

大人が赤ちゃんの頭の重さになってみたら?大人が2歳になって牛乳を持ってみたら?

誰もが赤ちゃんを経験してきたのに、その頃の気持ちを覚えている大人はいない。彼らは話せないため、その気持ちを尊重することも容易ではありません。だから世の中のほとんどのモノやルールは大人用につくられており、こどもという存在も一種のマイノリティと言えるのではないか?と私は思っています。だったら、大人がこどもになってみれば彼らをもっと理解できるのでは?こどものことを理解できれば子育てに悩む親たちを少し楽にできるかもしれない。社会全体ももっとこどもに寛容になっていくかもしれない。私たち「こどもの視点ラボ」はそんな想いで活動しています。

とは?

「こどもの視点ラボ」とは、こどもの当事者視点とはどんなものかを真面目に、かつ楽しく研究しているラボ。「大人がこどもになってみる」ことでこどもへの理解を深め、親と子、社会とこどもの関係をよりよくしていくことを目指して活動しています。現在、ウェブメディア『電通報』で、こども研究の第一人者の先生方を交え、「こどもの視点ラボ・レポート」としてさまざまな実験&レポートを連載中です。 

こどもは生きているだけで頑張っている

私たちの研究をいくつか紹介させてください。ひとつめは、ラボのシンボルでもある「ベイビーヘッド」。

©️こどもの視点ラボ

「大人が赤ちゃんの頭になってみたら?」を可視化した存在です。新生児の頭のサイズは身長の約4分の1、重さは体重の約30%と言われています(※1)。これを大人の男性(※2) に置き換えると、長さは45cm、重さはなんと約21kg。21kgもあるものを頭に乗せるのはあまりに危険だったため重量はもっと軽く制作しましたが、それでも実際にかぶってみるととてつもなく重い。赤ちゃんが寝返りすることがどれほど大変か、幼児がヨタヨタし、よく転ぶことにも納得がいきました。ベランダから小さい子が誤って落ちてしまう悲しい事故がありますが、頭が重いこどもが柵から乗り出すという行為がいかに危険かも実感がわきます。体験したスタッフからは「オムツ台の上や、お風呂も危ないね」「少しだからと支えなしで座らせちゃダメだね」と自然と会話が生まれていました。これが“体験”の強さかな、と。何よりも、こどもは生きているだけで頑張っているんだなぁと、ある種の尊敬の気持ちが芽生えたことが自分の中では大きな態度変容でした。

※1 出典:メディックメディア 『レビューブック小児科』/ 産総研 日本人頭部寸法データベース2001 
(「体重の約30%」については頭の重量に関するデータがないため、あくまで一般論として記載)​ 
※2 身長180cm、体重70kgで計算

©️こどもの視点ラボ

こどもの視点ラボ コンセプトムービー 2021

「泣かないで」は「話さないで」に近いかも!?

次にご紹介するのは、話した言葉がすべて泣き声に変換される装置「ベイビーボイス」。

©️こどもの視点ラボ

「ベイビーボイス」を子育て中のママパパに体験してもらったムービー

泣くしか訴える方法がない赤ちゃんの気持ちが体験できます。電車の中で泣き止まない赤ちゃんに遭遇して「うるさいなぁ。親は何をしてるんだ?」と思ったことはありませんか?そこには「こどもが泣いたら親が泣き止ませるべき」という気持ちが含まれているのではないでしょうか。当事者であるママパパは周りの白い目を気にしながら、抱っこしたり声がけしながら赤ちゃんに泣き止んでもらおうと必死なはずなのに。ここで大人たちの思考から抜け落ちているのは「赤ちゃんにも泣く理由がある」「でもその理由は親だからといってわからない」ということ。オムツやミルクではないかと思いがちですが、実は足の裏がかゆいのかもしれない。初めての空間が怖いのかもしれないし、服の着せすぎで暑いのかもしれません。例えばあなたが腕を骨折して自分で服の脱ぎ着ができないとしましょう。電車に乗っていたら暑くなってきたので「上着脱ぐの手伝って」と同乗していた彼女に伝えたのに対して「お願いだから黙って」と言われたらどうでしょう?「でも汗をかいてるし、暑すぎて気分が悪くなってきたんだ。脱がせてよ」と食い下がったところ、他の乗客から「おい、うるさいぞ。彼氏を黙らせろ!」と怒鳴られたら?こんな理不尽なことはありませんよね。

伝わらない赤ちゃんのもどかしさと、なぜ泣いているのか、親だからといってわかるわけではない大変さ。その両方を知ることで、少しでも社会に優しい気持ちが広がればいいな、と思います。

他にもさまざまな研究をしているので、『こどもの視点ラボ・レポート』にて連載中のレポートを読んでもらえると嬉しいです。

さて、ここからはなぜ私が「こどもの視点」を研究するようになったのか?その理由をお話ししたいと思います。

ラボ設立のきっかけ。それは我が子の育てにくさと、ある事件。

きっかけは2つありました。まずは、自分がこどもを産んで育ててみたら、想像以上に大変だったから。人一倍センシティブな気質を持った息子は、ちょっと置いただけで泣く時限爆弾のような赤ちゃんでした。夜中でも1、2時間おきに容赦なく泣く。1時間かけても保育園に着かない。2時間かかってもゴハンを食べ終わらない。靴下を履こう、と言っただけで鼓膜が破れそうなくらい泣く。「こんなに思い通りにならないことが、この世にあったのか」と思ったし、こんな小さな生き物にイライラしたりカッとなってしまう自分がいることに驚きました。

自分には仕事があって、手伝ってくれる人がいて、助けを求めたり息を抜く場があるけれど、誰にも頼れなかったら?お金がなかったら?手を上げる親のもとで育っていたら?自分のこの感情は、今まで心を痛めてきた「こどもへの暴力」と地続きだと思うようになりました。

こどもは可愛いけれど本当に大変、の図。
©️こどもの視点ラボ

そんな時、自分の生活圏内に近い場所でとてもとても悲しい事件が起こりました。2018年の目黒女児虐待死事件。5歳の女の子の「もうゆるしてください」という親への作文が公開された事件、と言えば思い出す方も多いのではないでしょうか。私はこの作文を読んで大きなショックを受けました。もの言わぬ可哀想な存在としてしか扱われてこなかったこども側の気持ちが、初めて可視化されたように思えたからです。何もしないことが無理で、とにかく何かせずにはいられませんでした。

赤ちゃんやこどもは、大人と同じようには見えなかったり話せなかったり道具を扱えなかったりする。なのに大人はつい、そのことを忘れて自分基準で「できる・できない」を判断してしまう。例えば、過去と未来の概念がない幼児に「公園は明日ね」と言っても明日が理解できないこととか。まだ時計を読めないこどもに「早く!」と言っても、早くの基準がないから、とにかく怒られている感覚しかないこととか。そういうことを大人が知っているだけでも、こどもへのイライラは減るのではないか。自分の子育ての悩みと悲しい事件。この2つをきっかけに、私はどんなカタチでもいいから「こどもの問題」をライフワークにしていこうと決めました。

ネガティブな問題を、ポジティブな行動に転換させてみる

とはいえ、世の中に振り向いてもらおうと思うと、問題をその問題のまま場に置いても、人は素通りしてしまいます。重い問題であればあるほど「今はそのことを考えたくない」と心を閉ざされてしまい、ムーブメントとしても広がりにくい。「虐待」や「こどもの事故」というネガティブなパワーワードを用いることなく、それをポジティブな行動に転換し、楽しんで体験しながら何かを学んでもらえたらと考えたのが、ラボ活動の原点になっています。体験型展示「こどもの視展」がとても好評を博し、多くの方に来場いただけたのも、この“ネガティブな問題をポジティブな行動に転換した”ことが大きかったと思っています。

『こどもの視展』は、入場のため行列ができるほど人気となった。
©️「こどもの視展」ITOCHU SDGs STUDIO

こどもの視点を研究していて、ソーシャルグッドについて思うこと

最後に。いまの地球上には問題が山積みで、ひと言で「ソーシャルグッド」と言っても全てを解決しようとすると逆に何も行動できなくなってしまう気がします。何かしたいけれど、どこから手をつけていいかわからないという人がいたら、自分が1番気になること、ひとつに焦点を当てて「これだけはやろう」と決めてみるのはどうでしょう?私の場合は、「こどもの問題」をテーマに行動していくと、貧困問題にぶちあたり、その先で教育の質がいかに大切かということに気づかされました。教育について考えていくと今度は教育と政治が密接に関係していることを知り、変わらない政界を見ていると家父長制やジェンダー格差が大きく関係していると憂(うれ)うようになる。問題は他の問題とつながっていて、解決の糸口も緩やかにつながっていると気づくことができたのです。

ペットボトルを捨てることが嫌だからマイボトルを持つ。選挙にだけは必ず行くと決める。戦争反対の意志を表明する。環境負荷の低減に努めているブランドの服を買う。なんでもいい。自分がやりたいと思える入口をひとつ見つけてみることを、特に若いみなさんにはお勧めしたいです。

自己犠牲を強いるのではなく、他者を糾弾するのでもなく、自分がポジティブに行動できそうな入口をまず選択してみる。それがソーシャルグッドへの近道ではないかと私は思います。このメディアのこの記事を読んでいる時点で「そんなこと、もうやってますけど」という頼もしい人たちばかりのような気もしますが。(笑)

石田 文子(いしだ ふみこ)
クリエーティブ・ディレクター、コピーライター。宣伝会議賞グランプリ、TCC新人賞、ACCジャーナリスト賞、NYフェスティバル、 アドフェスト、スパイクスアジア金賞など受賞多数。著書に「小さなキミ」(小学館)。 「こどもの視点ラボ」代表。キレキャラで泣き虫の小学2年生、いっちゃんのママ。

 

寄稿:石田文子
編集:Natsuki Arii

 

(注)本コラムに記載された見解は各ライターの見解であり、BIGLOBEまたはその関連会社、「あしたメディア」の見解ではありません。