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人権デューデリジェンスとは?その意味や背景、企業の取り組みや社会的責任まで徹底解説!

人権デューデリジェンスとは?その意味や取り組むメリット、具体例を解説

国内外の劣悪な労働環境で作られた製品について、メディアで報じられる機会が増えたと感じる。買ったことのあるもの、もっと言えばその瞬間身につけていたものについて言及され、ハッとしてしまうことすらある。その都度、筆者は「自分が買っているものについてあまりにも知らない」ということを突きつけられたと感じる。当たり前のように誰かによって作られた製品を買い、利用し、私たちの生活は成り立っている。ただそれらが、どのような背景で生まれ手元に届くのか、そこまで想像して購買活動をしている人は少ないのではないだろうか。

本稿では、人権デューデリジェンスと「ビジネスと人権」の現在地について知ることで、消費者としてできることの1歩目についても考えていきたい。

人権デューデリジェンスとは?

人権デューデリジェンス(Human Rights Due Diligence)とは、企業が自社のビジネスの人権に関するリスク分析や評価を行い、それらに対して適切かつ継続的に対処していくことである。ここで言う「人権に関するリスク」には、組織内部で発生する問題だけではなく、子会社や委託先企業、サプライヤーについても当てはまる。組織内部での賃金不足やハラスメント、プライバシー侵害等も該当すれば、組織外で関係する労働者が差別を受けていたり、強制労働や児童労働を強いられていたり、先住民の土地が収奪されているようなことも該当する。

市場がグローバル化している現在、国をまたいだ様々なステークホルダーが絡み合いビジネスが行われる。企業は目の前の関係者だけでなく、さらに先の関係者にも目を向け、適切に人権対応をしていくことが求められる。

背景

ビジネスのグローバル化に伴い、経済活動が引き起こす社会課題が顕著になった。とくに1990年代以降、先進国の企業活動によって引き起こされた途上国での強制労働や児童労働、環境破壊などの事例が多く報告されるようになった。そのような背景の中で、「ビジネスと人権」の課題に世界的な注目が集まるようになっていった。昨今では、ESG投資の観点から「ビジネスと人権」は重要な要素となっており、またSDGsの実現という観点でも取り組むべき課題であると言える。

また新型コロナウイルスの流行を経験したことで、各企業は世界的な危機に陥った際に自社のサプライチェーンが末端まで稼動できるのかどうか、把握する必要性を再認識した。日頃からサプライチェーンで働く人たちの労働環境やリスクを把握しておくことは、緊急事態に陥った際の企業のレジリエンスにも影響すると言えるだろう。

背景

人権侵害の具体例

企業が尊重すべき人権の分野として、公益財団法人人権教育啓発推進センターが発行した報告書では以下の25項目を挙げている。冒頭で述べたとおり、これは1企業の組織内だけでなく、その先のサプライチェーンで働く労働者についても尊重すべき内容である。

1 賃金の不足・未払、生活賃金

2 過剰・不当な労働時間

3 労働安全衛生

4 社会保障を受ける権利

5 パワーハラスメント(パワハラ)

6 セクシュアルハラスメント(セクハラ)

7 マタニティハラスメント/パタニティハラスメント

8 介護ハラスメント(ケアハラスメント)

9 強制的な労働

10 居住移転の自由

11 結社の自由

12 外国人労働者の権利

13 児童労働

14 テクノロジー・AIに関する人権問題

15 プライバシーの権利

16 消費者の安全と知る権利

17 差別

18 ジェンダー(性的マイノリティを含む)に関する人権問題

19 表現の自由

20 先住民族・地域住民の権利

21 環境・気候変動に関する人権問題

22 知的財産権

23 賄賂・腐敗

24 サプライチェーン上の人権問題

25 救済へアクセスする権利  (※1)

実際に、企業がこれらの配慮すべき人権リスクを放置したために発生してしまった例として、バングラデシュの縫製工場「ラナ・プラザ」の倒壊について触れておきたい。2013年にバングラデシュにある8階建の商業ビル「ラナ・プラザ」が崩落し、1000人以上が亡くなった。このビルには店舗のほか、世界的に展開される複数のアパレルブランドの縫製工場が入っており、この事故で犠牲になった方の多くは縫製工場で働く女性だったという。複数の縫製工場が入居できるよう違法に増築を繰り返した結果が、ビルの倒壊と大きな犠牲につながった。また、これらの工場は労働者を低賃金・劣悪な環境で働かせる「スウェットショップ」(※2)と呼ばれる形態でもあった。

この事故は、企業が安い人件費で製品を作ろうと試みた結果起きた事象の1つだと言える。これは同時に、消費者がその製品の製造過程に目を向けず、“より安いもの”を求め続けた結果であるとも捉えられるだろう。

それでは、こういったリスクが生じうる国から企業が撤退すれば済むのかというと、そういうわけではない。外資系の企業が撤退することで、途上国の雇用の場が失われるという側面もある。民間企業が自社のサプライチェーンを監視することは重要であるが、それに加えて国家間での人道支援や国際協力の枠組みとも合わせて検討していく必要がある。

人権侵害の具体例

ガイドラインや法規制

このような実態を受け、「ビジネスと人権」に関心が高まっていった1990年代から、徐々に国際的な枠組みが整備されていった。

国際的な動き

まず1998年には国際労働機関(ILO)で「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」(※3)が採択され、グローバル化の進んだ社会で最低限遵守されるべき基本的権利として、「結社の自由・団体交渉権の承認」「強制労働の廃止」「児童労働の撤廃」「雇用及び職業における差別の撤廃」の4分野に関する最低限の基準が定められた。続いて2000年には「国連グローバル・コンパクト」(※4)が発足し、人権、労働、環境、腐敗防止の4分野について企業・団体のトップが自らコミットし、実現に向けた努力を求める「国連グローバル・コンパクトの10原則」を定めた。その後、2011年に国連で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」(※5)は最も重要な国際的枠組みだと言われている。「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「人権侵害からの救済を受ける権利」を3つの柱としており、企業に人権尊重の責任があることが明確化された。またこの指導原則は国ごとに行動計画を作成することを奨励しており、その後の各国の法規制やガイドラインの制定にもつながっていった。アメリカやヨーロッパ各国が次々に行動計画及び「ビジネスと人権」に関する法制度化を進めていくのに対し、アジアでは法制化に関する動きが遅いと言われている。2019年にタイが行動計画を策定したのが、アジアでは初めての動きとなった。

日本国内での動き

日本では2016年に政府が国連の指導原則に基づく行動計画策定を表明し、調査や有識者による検討が行われた。そして2020年に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」(※6)を公表した。この行動計画では分野別の行動計画として以下の6つを掲げ、今後政府や企業が取り組んでいく施策や考え方を示している。

ア.労働(ディーセント・ワークの促進等) 

イ.子どもの権利の保護・促進

ウ.新しい技術の発展に伴う人権

エ.消費者の権利・役割 

オ.法の下の平等(障害者、女性、性的指向・性自認等)

カ.外国人材の受入れ・共生   (※6)

これは世界で24番目の策定であり、経済先進国の中では出遅れている状況だとも見て取れる。しかしそれ以外にも、2021年に改定されたコーポレートガバナンス・コード(※7)で「人権尊重」に関する条項が追加されたり、2022年9月には経済産業省に設けられた検討委員会が具体的な人権デューデリジェンスに関するガイドライン(※8)を発表したりと継続した動きが見られ、今後一層取り組みが加速することが期待できる。

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※1 引用:公益財団法人人権教育啓発推進センター「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応(概要版)」p.8(2022年11月20日閲覧)
https://www.moj.go.jp/content/001346121.pdf
※2 用語:労働者を低賃金かつ劣悪な労働条件で働かせる工場を指す。開発途上国であることが多いが、米国などでも報告されている。1830年代に下請け作業のことを「SEWAT(汗をかく)」と呼んだことが語源とされる。一方で、途上国の雇用を生んでいるという観点から、スウェットショップを擁護する声も一部あるとされている。
※3 参考:ILO駐日事務所「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」

https://www.ilo.org/tokyo/about-ilo/WCMS_246572/lang--ja/index.htm
※4 参考:国連グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン
https://www.ungcjn.org/gcnj/about.html
※5 参考:国際連合広報センター「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために」
https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/
※6 参考・引用:ビジネスと人権に関する行動計画に係る関係府省長連絡会議「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」(2022年11月20日に閲覧)
https://www.mofa.go.jp/files/100104121.pdf   引用部分についてはp.10-18の内容を抜粋。
※7 用語:上場企業が行う企業統治において、ガイドラインとして参照すべき指針を金融庁と東京証券取引所が示したもの。会社が、株主をはじめ顧客・ 従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。この指針を通じて、企業が透明性を保ち適切に企業統治に取り組んでいるかどうかを確認することができる。
※8 参考:ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年11月20日に閲覧)
https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-a.pdf

人権デューデリジェンスの基本的なステップ

それでは実際に人権デューデリジェンスはどのように進めていくのだろうか。ここからステップに則って説明していきたい。

方針によるコミットメント(人権方針の策定)

まず、企業は人権に関する対応方針を策定し関係者に周知する必要がある。この人権方針には人権尊重に関する自社としての考え方のほか、国際ルールとの関連性や関係者に対する人権についての期待等を含めることとなる。また、この人権方針には以下の5つの条件が課されるとされている。

【人権方針の5つの条件】

  1. 企業の最上層レベルによる承認があること
  2. 内部及び/又は外部の適切な専門家により情報提供を受けたこと 
  3. 企業の従業員、取引関係者及びその他企業活動・製品又はサービスに直接関係している者に対する人権配慮への期待が明記されていること 
  4. 一般に入手可能でかつ内外問わず全従業員、共同経営/共同出資者及びその他関係者に周知されていること 
  5. 企業全体に定着させるために企業活動方針や手続に反映されていること (※9)

人権デューデリジェンスの実施

次に、具体的に人権デューデリジェンスを実施していく。流れとしては次のとおりである。

人権への影響評価

自社の事業を通じて起こる可能性のある人権への負の影響(リスク)を特定し、分析・評価する。具体的には、以下のような順番で検討していくこととなる。(※8)

  • リスクが重大な事業領域を特定する
  • リスクの発生過程を特定する(誰がどのような人権についてのリスクを受けるか)
  • リスクと企業の関わりを評価する
  • 優先順位づけをする

リスクに対する予防/是正措置の実施

自社にて起こりうるリスクを把握したら、関係者への教育・研修の実施(人権研修、ダイバーシティに関する啓発活動など)、社内環境・制度の整備(働き方等各種社内制度の変更、バリアフリー設備の導入など)、サプライチェーンの管理(持続可能な原料の調達など)などを整備していく。

モニタリングの実施

措置を講じても、実態がどうなっているのかを把握しない限り効果が確認できない。従業員や取引先との意見交換を実施するなどのモニタリングを通じて施策の実効性を把握し、継続的に改善に取り組む環境を作っていく。

外部への情報公開

一連の対応を実施したら、ステークホルダーに対して企業が人権の尊重に取り組んでいることを適切に情報公開することも重要だ。もちろんステークホルダーに対する責任を果たすという意味合いもあるが、情報を開示することで企業の透明性が高まり、企業価値を高めることにもつながる。

救済措置

実際に人権に対するリスクを引き起こした、または助長してしまった場合、企業はその是正・回復に努めなければならない。そのための苦情処理メカニズムの整備を行うことも、重要な要素である。救済措置の代表的なのものとしては、ホットライン(社内外からの苦情・通報窓口)などが挙げられる。

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※9 引用:公益財団法人人権教育啓発推進センター「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応(概要版)」p.21(2022年11月20日に閲覧)
https://www.moj.go.jp/content/001346121.pdf

人権デューデリジェンスに取り組む意義

人権デューデリジェンスに取り組む意義

企業活動を活性化するために、人間が生まれながらにして持つべき権利を侵害することなどあってはならない。その点から、企業が人権デューデリジェンスに取り組むことは必須の姿勢であると言えるだろう。そのような大前提に加えて、企業が人権リスクを放置した場合、次のような事業運営上のリスクが生じる可能性が大いにある。そのことは同時に企業価値の毀損(きそん)にもつながると言える。

  • 法務リスク(訴訟や行政罰など)
  • オペレーショナルリスク(関係する労働者のストライキや人材流出など)
  • レピュテーションリスク(消費者による不買運動や、SNSによる炎上など)
  • 財務リスク(株価暴落や投資の引き上げなど)

反対に、適切に人権リスクを調査・対処していれば企業イメージの向上につながる。たとえばアウトドアブランドとして有名なパタゴニアは、下請け工場を含むサプライチェーンのモニタリングを継続して実施しているなどの実績から、社会や環境に配慮する企業としてのブランドイメージが定着している。(※10)

※10 参考:パタゴニア「責任あるサプライチェーンを目指して:パタゴニアの工場監視の取り組み」https://www.patagonia.jp/stories/working-towards-responsible-supply-chains-our-factory-monitoring-efforts/story-18137.html

企業の役割と社会的責任

ここで改めて、人権デューデリジェンス を実行する対象となる「企業」には、どのような社会的責任があるのか、持続可能な社会の実現に向けてどのような役割を担うのか、整理してみたい。

企業の人権リスク管理

企業は、これまで述べてきた通り、人権を守ったうえで事業を推進する必要がある。取引先を含むビジネス関係者に児童労働や不適切な賃金での就労など不当な扱いがないかはもちろんのこと、社内外でのハラスメントや長時間労働、性別や人種による差別がないかといったことも企業における人権課題としてあげられる。

このような人権に対するリスク管理ができていない場合、社会からの信用失墜といった事態にもつながる。企業は、先に述べたような様々な課題に対して、人権リスク管理として人権デューデリジェンスを実施徹底する必要があるだろう。

持続可能な経営との関連性

近年では企業が持続可能な経営(サステナビリティ経営)に取り組む必要性も叫ばれている。サステナビリティ経営とは、環境、社会、経済の持続可能性に配慮しながら事業を行う経営のことを指す。数年前までは、企業は「CSR(企業の社会的責任)」の名のもと、事業とは切り離した付随的活動として「社会貢献活動」を行う例が多かった。しかし、様々な社会課題や環境課題が山積する現在は、経営の一環として、持続可能な社会の実現に向けた改善策の実施が求められている。

企業が人権を守ることは、持続可能な社会の実現を担う考えの1つとして国連の定めるSDGs(持続可能な開発目標)の達成にもつながる。SDGsが掲げる目標は「誰1人取り残さない」ことであり、その前文には「すべての人々の人権を実現する」という人権尊重の理念がその根幹として記されている。持続可能な、誰1人取り残さない社会の実現の一翼を、まさに世界の各企業が担っているのである。

人権デューデリジェンスの取り組み例

それでは、実際に人権デューデリジェンスに取り組んでいる企業の例をいくつかご紹介したい。

味の素株式会社

2011年の国連の指導原則の採択を受け、2012年にグローバル企業の動向を調査する等の取り組みを開始。2014年には企業行動規範の中で人権に対する方針を打ち出し、2018年にはグループポリシーを公表した。また自社のアセスメントの結果を「人権デュー・ディリジェンス国別影響評価報告書」として情報開示を行った。現在の自社ホームページにて、具体的な取り組み内容を開示している。

キリンホールディングス株式会社

人権尊重の取り組みに関する全ての規範の上位方針として人権方針を位置付け、その策定過程についても開示している。また、策定段階でステークホルダーとの対話を行い、方針にも可能な限りステークホルダーの意見を反映している。さらに人権リスクの洗い出しを実施した結果リスクが高いとされた国や地域では、現地を訪問し現地事業会社の行動計画を作成するなどの対応も行なっており、2018年にはラオスのコーヒー農園を対象に人権デューデリジェンスを実施した実績がある。こちらについても、現在の自社ホームページにて、具体的な取り組み内容を開示している。

まとめ

これまで世界は経済活動を優先し発展してきた。しかしそれによって生まれた様々な歪みが、いま具体的に見える問題となって現れ、今後のビジネスと社会の関係性を私たちに問うてきている。人権デューデリジェンスは、国が主導し企業に対応を求める形で進んでいる取り組みであり、今後の社会や経済活動のあり方を考える上で一層重要になってくるだろう。

しかし、国や企業が取り組めばそれで解決する話ではない。消費者である私たち1人ひとりも、目の前にある利便性や価格の安さにとらわれ購買活動を続けるだけでなく、その製品が作られた背景にも目を向けていくことが大事ではないだろうか。それによって一層、企業に健全な経済活動を求めていくことにもつながる。日々の「買う」という行為から、人権を尊重しながら持続する、“ビジネスのあるべき姿”を考え続けていきたい。

 

文:大沼芙実子
編集:武田大貴