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ダウン症や難民の広告タレント?海外事例に学ぶキャスティングの最前線

広告に特別興味のない人にとって、広告とはコピーやデザイン、アイデアのことではない。ほとんどの日本人にとって、広告とは「TVタレント」と同義語だ。

米国の市場調査会社・カンターの調べでは、日本における著名人を起用したCMの割合は55%にのぼる。国際平均の16%と比較すると、顕著に高い。(※1) 実際、CM総合研究所が発表した「2021年度CM好感度TOP10銘柄」にランクインしたのは、すべてタレントが起用されたCMだった。ひとつの例外もなく、だ。(※2、3)

「TV広告費はネット広告費に抜かれた」「若者はテレビをみない」など、ネットの台頭にともなうTVの影響力低下を指摘する声は多い。しかし、TVタレントの影響力はネットでも健在だ。NEUT Magazineによると、2016年のYahoo!トップニュースのうち、35%を芸能ニュースが占める。アメリカの3%、イギリスの12%に比べて突出した高さだ。(※4)5年前のやや古いデータだが、今もニュースサイトを見れば、そこは芸能ニュースでいっぱいだ(「○○さんがインスタで公開したすっぴんに絶賛の嵐!」…のようなコタツ記事は、いまだによく見かけるのではないだろうか)。

タレント中心の日本のエンターテイメント業界を象徴するものの一つとして、日本映画の予告編がある。日本映画の予告編には、タレントが演じる主要キャラクターを一人ひとり紹介していくものが多い。海外の映画の予告編はストーリーを紹介するものが大半で、日本ならではの構成だ。

僕個人の考えでは、日本の広告や映画におけるタレント中心主義は、受け手ではなく送り手に起因している部分が大きい。多くの日本の組織の意思決定は合議制であり、アイデアや脚本に基づいた決断が構造的に困難なのだ。結果、「タレント」という、誰もがはんこを押しやすい要素で決断をすることになる。そして、そのタレントも、商品やブランドとの関係性より人気という1点で選ばれがちだ。

僕はタレント広告を一様に否定しているわけではない。自分自身、広告クリエイターとしてタレント広告を手がけている。しかし、個別の広告の是非とは別に、好感度ランキングTOP10のすべてをタレント広告が占める潮流は、表現の多様性という観点から問題だと思うのだ。

一方で、タレント広告が10%程度という欧米では、どのようなキャスティングが行われているのか?以下に紹介していこう。

※1 参考:Kantar "How can celebrities help to maximise the brand impact of advertising?"
https://www.kantar.com/inspiration/advertising-media/how-can-celebrities-help-to-maximise-the-brand-impact-of-advertising
※2 参考:CM総合研究所「BRAND OF THE YEAR 2021」
https://www.cmdb.jp/service/media/events/
※3 参考:2022年10月号 宣伝会議「タレント起用で購買意欲は高まるのか?ニューロサイエンスで解明する関連性」
https://mag.sendenkaigi.com/senden/202210/cm-talent-advertising-effect/024783.php
※4 参考:NEUT Magazine"『Yahoo!』から見る「日本の異常さ」"
https://neutmagaze.com/japanese-yahoo

海外ブランドに見る、キャスティングの最前線

アメリカンフットボール(NFL)チーム、San Francisco 49ersに所属していたコリン・キャパニック選手は、2016年、黒人や有色人種差別への抗議として、試合前の国歌斉唱時の起立を拒否した。人気選手だったコリン・キャパニックのこの行動は、アメリカ全体を巻き込む議論に発展した。

当時大統領だったドナルド・トランプは「NFLやスポーツで大儲けしたいなら、国旗に侮辱的な態度を取るべきじゃないし、国家斉唱時は起立するべきだ。嫌ならクビだ。他の仕事を探すんだな!」とツイートした。(※5)一方、民主党のベト・オルーク議員は「平和的な、非暴力の抗議は愛国的な行為。認められるべきだ」と擁護した。(※6)

国論が二分される中、NFLは選手らに起立を義務づけるとともに違反すれば罰金を科す新ルールを導入。コリン・キャパニックもチームを離れ、現在に至るまでNFLでプレーしていない。

コリン・キャパニックはアメリカン・フットボールの花形ポジションであるクオーター・バックをつとめていた。ユニフォームの売上はNFLトップだったという。(※7)抗議行動ですべてを失ってしまったのだ。

しかし、そんな彼を、ナイキ(Nike)が広告タレントに起用したのだ。しかも、「Just Do It」の30周年を記念する広告キャンペーンの顔という大抜擢だった。

コリン・キャパニックは2018年9月4日(JST)、「#JustDoIt」のハッシュタグでキャンペーンのキービジュアルをツイートした。

“Believe in something. Even if it means sacrificing everything.”
「信念を持て。たとえ全てを犠牲にしたとしても」

彼の人生が凝縮されたかのような、短くも力強いキャッチフレーズだ。

このツイートを受けて、ドナルド・トランプは「ナイキは何を考えてるんだ?」とツイートした。彼の支持者も、ナイキ商品を切り裂いたり燃やしたりする様子を投稿した。

アンチの反応だけを見ると失敗のようだが、数字を見てみよう。キャパニックのツイート公開後の24時間で、ナイキは総額4300万ドル(投稿時のレートで換算すると日本円で約47億9,000万円)のメディア露出価値を得た。(※8)

また、同キャンペーンの開始後、ナイキのオンラインセールスは31%増加。 前年同期の増加率(17%)と比較しても、ファンは熱烈に支持したことが分かる。(※9)

舞台を日本に置き換えて、自分ごととして想像してみてほしい。あなたは、辺野古の座り込みに参加したアスリートがいたとして、自社の広告に起用できるだろうか?強面の保守政治家に批判ツイートをされて、平静を保てるだろうか?ナイキがどれだけのことを成し遂げたのかが分かるはずだ。

※5 参考:USA TODAY "NFL: Trump's toughest tweets knocking players for kneeling during national anthem"
https://www.usatoday.com/story/news/politics/2018/09/09/donald-trumps-toughest-tweets-kneeling-during-national-anthem/1248196002/
※6 参考:
https://twitter.com/nowthisnews/status/1032017750829531142?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1032017750829531142%7Ctwgr%5E574cc61104602b1d4ac922f5083a8c27bde6c9eb%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fcourrier.jp%2Fnews%2Farchives%2F134496%2F
※7 参考:Forbes "Colin Kaepernick Tops Jersey Sales In NFL"
https://www.forbes.com/sites/darrenheitner/2016/09/07/colin-kaepernick-tops-jersey-sales-in-nfl/?sh=6e6380ff7aad
※8 参考:Bloomberg "Kaepernick Campaign Created $43 Million in Buzz for Nike"
https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-09-04/kaepernick-campaign-created-43-million-in-buzz-for-nike-so-far
※9 参考:Edison Trends "Nike Online Sales Grew 31% Over Labor Day Weekend & Kaepernick Ad Campaign"
https://trends.edison.tech/research/nike-labor-day-2018.html

ハイブランドがダウン症や難民のモデルを起用する時代

スポーツ界以外の事例も見てみよう。

2020年、グッチ(GUCCI)はマスカラ「L’Obscur」の広告塔に、ダウン症のモデル、エリー・ゴールドスタインを起用した。

 
 
 
 
 
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グッチのクリエティブ・ディレクター、アレッサンドロ・ミッケーレは「L’Obscur」について、「メイクアップを自らの自由の歴史を自分らしく表現するための手段と捉える、真の審美眼を持つ人のためにデザインしました。(原文ママ)」と語っている。(※10)ダウン症に限らず、マイノリティがメディアに出ると、マジョリティによるバイアスに押し込められがちだ。そうしたバイアスを打ち破るエリー・ゴールドスタインの起用は、「自らの自由の歴史を自分らしく表現するための手段」である「L’Obscur」の広告として、極めて理にかなった判断と言えるだろう。

エリー・ゴールドスタインはZebedee Talent(以下、ゼベディ)というイギリスのタレント事務所に所属している。タレント事務所というと、華やかな美男美女が所属しているものと相場が決まっている。しかし、ゼベディには、障がい者やアルビノ、母斑や白斑をもつタレント達が所属している。

“Inclusive Talent Agency”を標榜するゼベディのウェブサイトには、次のようなステートメントが記載されている。

「多様性が議論になるとき、多くの場合、そこに障がいは含まれていません。多様性を求める企画書に、障がいやふつうではない外見、トランスやノンバイナリーについて記載されていることは皆無です。私たちは、この状況を変えたいと思っています。本当の『多様性のあるメディア』を当たり前にしたいと思っています」

イギリスでうまれたゼベディは現在、日本を含む世界5カ国で活動。ナイキやアップル、ディズニーといった大企業をクライアントに抱えている。多様性の重視は「良いことをする」というレベルを超えて、ビジネスの大きな潮流になっているのだ。

最後に、ファッション業界の事例を紹介しよう。2019年、ルイ・ヴィトンはメンズの春夏コレクション「ヴァージル・コレクション」の広告モデルに、スーダン難民の女の子を起用した。

男性服と、難民の女の子。一見、何の関係性もない両者だが、アーティスティック・ディレクターのヴァージル・アブローはこう答えている。

「なにが男性を形作るのか?幼年期からはじまり、ティーンエイジャーや思春期を経て大人に至るーーひとりの人間が辿る人生のさまざまなステージを描こうと思ったわけです」(※11)

先述のグッチほどコンセプトとキャスティングの関係が明確ではないが、既存の「男らしさ」に疑問を呈するための人選であったことが分かる。

ヴァージル・コレクションの最初の48時間の売上は、2017年に記録的な数字を樹立したシュプリームとのコラボ比で30%アップした。ナイキやグッチ同様、型破りなキャスティングが成果に結びついていることが分かる。

※10 参考:GUCCI ホームページ
https://www.gucci.com/jp/ja/st/stories/article-category-beauty/article/gucci-beauty-mascara
※11 参考:宣伝会議2022年10月号「なぜルイ・ヴィトンは男性服の広告に難民の女の子を起用したのか?」
https://mag.sendenkaigi.com/senden/202210/cm-talent-advertising-effect/024742.php

好感度キャスティングからパーパス・キャスティングへ

人種差別に抗議したアスリート。ダウン症のモデル。難民の女性。珍しいキャスティングだが、背景にはブランドの思想があるのは、紹介してきた通りだ。決して奇を衒(てら)ったわけではなく、どれも理にかなった選択なのだ。

むしろ、ブランドや商品とは関係のないところで、知名度や好感度で決められるキャスティングのほうが不自然だと言える。

「パーパス」という言葉が持て囃(はや)されるようになって久しい。しかし、ウェブサイトや会社案内にパーパスのコーナーをつくる以上のことをしている企業が、どれだけあるのだろう。広告タレントのキャスティングのような、日常的なビジネスの営みにこそ、パーパスが活かされて欲しい。

そんな広告が増えた時、日本の広告業界はビジネス的にも倫理的にも、1歩前進できると思うのだ。

橋口 幸生
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作は図書カードNEXT新聞広告、スカパー!堺議員シリーズ、鬼平犯科帳25周年ポスター、プリッツ新聞広告「つらい」、「世界ダウン症の日」新聞広告など。『100案思考』『言葉ダイエット』著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。
https://twitter.com/yukio8494

 

寄稿:橋口幸生
編集:Mizuki Takeuchi