よりよい未来の話をしよう

「グレーゾーンも大切に」たなかみさきさんインタビュー

人物のやりとりや生活を描くイラストレーター、たなかみさきさん。自身の作品制作のみならず、グッズや出版物、広告などのイラストも手がけ、ラジオ番組「Midnight Chime」のナビゲーターも務めている。彼女のイラストは、とてもラブリーで、けれどラブリーなだけではない。恋と愛、喜びと悲しみ、心と体、わたしとあなた。そんな隣り合う2つの概念の間にはグラデーションがあること、またその豊かさに気づかせてくれるイラストを描く、たなかみさきさんにお話を伺った。

内省しながら、暮らしも作風も変化する

たなかさんは現在、どんな暮らし方、働き方をされていますか?

熊本と東京の2拠点で生活をしていて、熊本では夫と暮らし、東京にいるときは学生時代からの友人と同居しています。

大学を卒業してすぐフリーランスのイラストレーターとして活動を始めて、転勤になったパートナーと暮らすために熊本に移住しました。イラストレーターの仕事は遠隔でもできることが多いんですよね。フリーランスになりたての頃はイラストの賞レースも狙っていましたが、作品をInstagramにアップしたら見てくれる方からリアクションが来て、それが楽しくてInstagramでの活動もずっと続けています。徐々にInstagramを見てくれる方が増えて、雑誌の挿絵や個人からの依頼のお仕事をしているうちに、広告などのお仕事もいただけるようになっていきました。

制作を重ねるなかで作風の変化もあると思います。たなかさんの絵は特徴的で、一目で「これはたなかさんの絵だ!」とわかりますが、たなかさんのInstagramアカウントを遡って見てみると、作風が幅広いことに気づきます。

そうですね。作風は日々変わっていると思います。心境の変化もあるし、同じことを続けられない性分なのかもしれません。自分が楽しくないと見てくれる人に誠実ではないと思っていて、だからこそ、自分にとって新しいことを絵に取り入れるようにしています。ずっと同じ絵を描いているとつまらなくなってしまいそうなので、“自分が楽しく描き続けるために変化している”というほうが正しいかもしれないですね。

「新しいこと」というのは、生活のなかでの気づきであったり、ご自身の内側から生まれることが多いですか?それとも、社会の流れや外からの刺激が大きいですか?

どちらもあると思いますが、わたしは内省的な部分が結構あるので、個人的な思考や心情がイラストにも反映されていると思います。日々暮らしも変わっていくし、まったく同じ日を過ごすこともない。日ごとに自分の顔つきも違う気がして。そうした暮らしのなかでの発見がイラストにも出ているように思います。

外からの刺激は、意図的にはあまり受け取りに行けていないかもしれません。展示を見たり、映画を見たり、音楽を聴いたりすることはもちろんありますが、絵を描くためにする、ということはあまりないと思います。でもミーハーなので流行に乗ることもあります。最近は、K-POPを聴きながらメイクするし、その延長でパーソナリティをしているラジオでもK-POPの話をしたり曲をかけたりしています。いま流行っている2000年代初頭のギャルのファッションもすごくかわいいと思って、イラストにも取り入れています。

そんなさまざまな変化が作品に現れているなかで、女性のアンダーヘアや脇毛をイラストに描いているのは最近のことですか?

 
 
 
 
 
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割と最近だと思います。特別なメッセージを込めて描いたわけではないのですが、インタビューなどで取り上げていただくことが多いので、そういった反応がいまの社会を映し出しているな、と感じますね。わたし自身は、社会というよりもっと個人的なことをイラストで表現していて、そのなかで嘘をつかないようにしたいと思っています。だから、自分にも生えているから描いた、というのがしっくりくるかもしれません。けれど、生えているときもあれば、生えていないときもあるし、みんな自分で自由に決めたらいいから、どちらの人物も描くように心がけています。誰かの理想を描くということはしていないですね。

たなかさんがパーソナリティをされているラジオ「Midnight Chime」でも、そういった内容のお便りなどはありますか?

脱毛や体型の悩みにまつわるお便りは多いですね。それも個人の悩みだと思いがちだけど、じつは社会がつくり出した悩みなんじゃないかと話しています。頂いたお便りに対して「こうなんじゃないかな?」というわたしなりの考えを話すことはもちろんあるのですが、イラストでもラジオでも、結局いち個人としての意見しか言えないと思うんです。だから、なるべく中立的な視点で、とはいっても、わたし自身の偏見もまだまだあるかもしれないので、いろんな意見を持った人と話し合うことは必要だし、大切にしてます。

あとは断定することや白黒つけることがあまり好きではないので、わからないことは「わからないですね」、「わからないから話し合ってください」と言ってしまいます。わたし自身、誰かから決め付けられていたらもっとつまらない人間になっていたと思うので、わたし自身も、なるべく決め付けないようにしてるかもしれないですね。

イラストで誰かとつながる

たなかさんは、ご自身の作品制作の他にも、お酒のラベル、書籍や雑誌の表紙、広告、アニメーションの原画など、さまざまなイラストの制作をされています。クライアントがいる場合、話し合いながら制作を進めることも多いですか?

しっかり話し合える場合もあれば、話し合えない場合もあるのですが、私の性格上、人の気持ちを汲もうとすることは多いと思います。それはイラストレーター的だなとも感じます。雑誌の企画で、SixTONESの松村北斗さんにお声がけいただいたときも、松村さんがどういうふうに私の作品に入りたいのかじっくり考えながら、「写真とイラストをこうやって合わせましょう」、「こういう写真にしましょう」とご提案をしました。そうやって相手のことを考えてお仕事することは多いですね。いつもイラストを通してコミュニケーションをとろうとしているのかもしれません。

また、一方的に見てもらうのではなく、見た人とつながって、その人の記憶を呼び起こすようなイラストを描きたいとも思っています。わたしのイラストは「レトロ」と形容されることが多いのですが、それは誰かの記憶に作用できているということなのかな、と。そうやってカテゴライズされると「簡単に振り分けないで…」と思うこともあるけれど、カテゴライズしたくなる心理も理解できるから難しいですよね。

 
 
 
 
 
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たなかみさきさんの守り方と戦い方

たなかさんの作品を見て、懐かしさを覚える方もいると思いますし、見逃しがちな日常の些細な出来事やときめきに目を向けられる方も多いのではないかと思います。たなかさんご自身はどうやって日常の出来事を見逃さないようにしているのですか?

わたしは朝早く起きなかったりと、物理的に余裕を持つ生活が送れているので、日常の小さな出来事にも向き合えているのかもしれません。やっぱり、自分に余裕がないと社会問題や大きな情勢だけでなく、今日の寝起きが悪いとか、そういう個人的な問題に向き合えなくなってしまうと思うんですよね。

あとは、わたしは精神的にも肉体的にもアクティブにはなれないのですが、そんな人間ならではの戦い方があって、それが今のお仕事につながっているとも思います。じっとして、気づいたことをメモして、絵にするとか。そうやって言い訳してダラダラ過ごしているんですけどね。根からのインドアなので、ほっとかれたら全然外に出ない。この間も夫の誕生日プレゼントで「美味しんぼ」全111巻を買って、一緒に引きこもる気でいました(笑)。捉え方によっては快楽主義的な部分も直さないで大切にすることが、日常に目を向けられるようになる1歩かもしれません。

生き方・働き方・制作の仕方、それぞれが影響し合っているのですね。

そうですね。フリーランスという働き方だからこそできる生き方や制作の仕方がある一方で、漠然とした不安感もあります。消そうと思えばすぐに消せるInstagramがお仕事につながっていることを宙ぶらりんに感じることもあるし、考えすぎて眠れなくなったり、「この仕事をやらないと世間に忘れられてしまうかもしれない」と不安感に苛まれることもあります。他のフリーランスとして働いている方も、会社員として働いている方も、みなさん多かれ少なかれ不安はあると思うので、どちらがいいという話ではないのですけどね。

正直でいる、正直に描く

前半では作風の変化について伺いましたが、表現したいものの変化はありますか?

概念的には、描きたいものはほとんど変わらないと思います。正直に、かっこつけないで、わからないことはわからないって言える人間であろう、みたいなところはずっと変わらないので、それが作品にも出ていたらいいのかな。ラジオで話すときも、なるべくちゃんと咀嚼(そしゃく)して自分の言葉で届けたいと思っています。

じつは、イラストの中の人物は友人やパートナーが反映されていたり、自分の体験がたくさん出てきています。なるべく似ないように描いているつもりでも、どうしても好きな人に似てしまう。シャクヤクを買ってお湯につけて花を開かせるのも自分でやっていたことだったり、そういうふうに、自分の心が動かされるものは暮らしのなかにたくさん存在しているんですよね。

 
 
 
 
 
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つまり、暮らしがある限りは描くことも続いていく?

そうですね。わたしはぐっとくる沸点がすごく低くて、結構なんにでもぐっときちゃうんですよね。これは特殊能力なのかなと思います(笑)。「パートナーのつむじが2つあって嬉しい!サイクロンだね!」みたいな。

 
 
 
 
 
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そんなたなかさんのチャーミングなお人柄は、イラストのみならず、イラストに添えられた言葉にも現れていると思います。

キャプションは、イラストの補助輪のようなものだと思っています。後からつけることもあれば、キャプションから思いついてイラストを描くこともあります。イラストだけだと、どうしてもロマンチックに捉えられてしまうので、あえて素っ気ない言葉を選んでいるのかもしれません。カップルのイラストもよく描きますし、女性やお花も出てくるからロマンチックに見られるのはしょうがないんですけどね。正直、私もロマンチストだと思うのですが、そう思われるのは照れくさいから、素っ気ない言葉を添えています。照れ隠しです(笑)。たとえば、このイラストもすごくラブリーなんだけど、キャプションが「違う人間、同じタオル」って、なんか全然かわいくないし、ほかにも「アチキは内気」とかも、ダジャレですもんね(笑)。やっぱり抜けみたいなものが必要なのかなと思います。

 
 
 
 
 
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イラストと言葉のコンビネーションも見どころですね。ここまでさまざまなお話がありましたが、最後にあしたメディアの読者であるZ世代に伝えたいことはありますか?

Z世代と言われる人たちはインターネットも上手に使えるから物事の善悪がはっきりわかるような気がするかもしれないけれど、善悪だけではない真ん中のところ、グレーゾーンみたいなものも大切にしてもらえたら嬉しいです。ネットを見ていると2極化していると感じることが多々あるのですが、グレーな部分がなくなってしまうと文化が絶え絶えになってしまうと思うから。
あとは友達を大切にすることですかね。わたしは友達と仕事の話とか、政治の話とか、恋愛の話とか、下品な話とか、なんでもするんですけど、そういう友達がいてよかった、と大人になってさらに実感しています。

変化していくこと、正直に反応すること、物事の曖昧さを大切にすることには、時に不安も伴うだろう。それでも日常に目を向け、イラストを描くたなかみさきさん。生活、仕事、社会…。私たちを取り巻くさまざまなものは、季節の移ろいのように変化する。彼女のように、そうした変化や繊細な心の機微に正直に向き合い、人生のグラデーションをも楽しむことが、日々を生き抜くための支えになるかもしれない。


たなかみさき
イラストレーター。1992年11月14日生まれ。埼玉県出身。日本大学芸術学部を卒業後、熊本に移り住み、フリーランスのイラストレーターとして活動。現在は東京と熊本の二拠点で生活し、主にグッズ制作、出版物に関わりながら活動中。お酒、歌謡、哀愁をこよなく愛する。


取材・文:日比楽那
編集:篠ゆりえ
写真:服部芽生