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“いまこの時”を支援する せかいビバークの善意の輪とは

先日タイムラインを何気なく見ていると、なじみの本屋さんが「『せかいビバーク』の物資受け取りスポットになりました!」と投稿していた。「せかいビバーク」。気になって調べてみると、生活困窮者に対して一晩を明かすための緊急支援物資を提供する活動のことを指すらしい。休日にふらっと立ち寄るお店が、その活動の一端を担っているという事実が嬉しかった。それと同時に、そんな活動があることも知らず、ましてやその日一晩過ごすことに困っている人たちが、何を求めているのか、私はあまり知らないと気がついた。私の暮らす街で何が起こっているのだろうか。

「ビバーク」とは?

そもそも「ビバーク」とは何を意味するのだろうか。
せかいビバークを運営している一般社団法人つくろい東京ファンドのサイトによると、

登山などで予定通りの行動ができなかった時、緊急的にその場で野営し、その夜を安全にしのぐことをいう言葉

(※1)

ということだ。なるほど、ひと晩自分の命を守るための応急措置という意味で、せかいビバークの活動と似ているようだ。
せかいビバークは、「アパート・寮から追い出された」「ネットカフェなどに住んでいたが今日は泊まれない」などの悩みを抱えた人に、その夜をしのぐための緊急支援物資を提供している。その「緊急お助けパック」には、1泊分の緊急宿泊や1食分の食料、福祉事務所までの移動、自分の携帯端末を使ってフリーWi-Fiで相談機関への連絡などを可能にする物資が入っている。受け取りスポットは、23区を中心に都内に26箇所(2022年5月時点)設置されており、カフェや書店、寺社などさまざまな施設が登録されている。

※1 出典:せかいビバーク「せかいビバークとは?」https://sekaibivouac.jp/about/
(2022年4月19日閲覧)

支援する側もされる側も求めていた、支援のあり方

画像提供:つくろい東京ファンド

では、せかいビバークはどのような支援のあり方なのだろうか。一般社団法人つくろい東京ファンド新規事業部長の佐々木大志郎さんにお話を伺った。

せかいビバークは、どのような仕組みの支援なのですか?

ひと言で言うと、生活に困窮した方々に、とにかく今日1日を過ごしてもらうための支援です。つくろい東京ファンドのサイトに載っている「受け取りスポット」に行き、受付をすれば、ひと晩過ごすための物資を受け取ることができます。また、この「緊急お助けパック」には、相談所の情報やフリーWi-Fを使って相談するための案内なども含まれていて、自力で相談するのが難しい人が助かるためのアクションをとれるようになっています。

どういった経緯で始まったのですか?

継続可能性の高い支援をしたかったというのが始まりです。
コロナ禍でまず始めたのは、いわゆる「駆けつけ型」の支援でした。2020年の4月に最初の緊急事態宣言が発出されて、都内のネットカフェで暮らしていた2000~3000人の方々が住まいを失ってしまいました。そこで我々は緊急相談フォームを作り、相談者のもとにスタッフが個別に駆けつけるという支援活動を始めました。すると2年間で1000件以上の相談メールが寄せられ、支援をしたくてもマンパワーが足りませんでした。

それに、生活困窮者の方々から話を聞いて対応するには訓練が必要です。「支援する側」と「支援される側」という関係性から発生してしまう“権力勾配”は、初対面でも生まれてしまいます。さまざまな背景をお持ちの方のお話を伺って対応するのは、ときにプロでも間違えてしまうほど難しいんです。そういった理由で人員が不足していたため、駆けつけ型の支援の継続可能性は非常に低く、支援がなかなか行き届きにくい現実に直面していました。

また、特にコロナ禍で、生活困窮者の方が亡くなってしまうというような報道に心を痛め、「何かできることはありませんか」と声を寄せてくださる方が増えたことも支援を始める後押しとなりました。しかし先程申し上げたように、対人支援はプロフェッショナルの領域なので、なかなか皆さんの力を借りるのが難しかったんです。

それに加えて、支援の場に来づらい方々に支援を届けたいという思いもありました。最近は困っている人とそうでない人の境目がどんどん無くなってきているので、自力で支援にたどり着ける仕組みを作りたいと思いました。

「境目」が無くなってきているとは、どういうことなのでしょうか?

2021年頃から、困窮者の層は徐々に変わってきました。コロナ禍になった直後の2020年3月頃は、仕事を含めたあらゆるものを失ってしまったという方が多かったのですが、最近は、雇用が回復している状態で生活に困窮する人が増えてきました。例えば、コンサートなどの対面イベントが少しずつ再開してきましたよね。イベント会場などでの派遣の仕事で短期集中的に稼いでいる場合、継続的な収入が入らず生活が不安定になりがちです。住まいは無いけど食べるものには困らない状況だと、生活保護を使うことも難しい場合もあります。そのような方々の宿泊を可能にする支援スキームは、これまであまり無かったように思います。

それに、コロナ禍で仕事を失い生活に困窮した方々のなかには、アート系の方など、検索すればすぐに名前が出てくるような方もいます。そういった方々が、何百人もの大勢の人が集まる相談会の列に並ぶのは、なかなか難しいのではないかと思います。ここで言う相談会とは、基本的には食料を配布して、希望があれば生活や医療の相談を受ける、というような支援活動を指します。

相談会では、その場に威圧感を覚えてしまう人もいます。スタッフはなんとか環境を改善しようとしていますが、主に常連の年配者によるハラスメントがしばしば起きてしまい、若い方々にとってはなかなか相談しにくい環境なんです。そのようななかで新たに始めたのが、せかいビバークです。

支援する側・支援される側、双方の求める支援のあり方だったのですね。「受け取りスポット」になるためには、何か条件があるのですか?

今は、住所が公開できない個人のお宅などはお断りしています。基本的には法人格のある事務所ならOKで、あとは相談に応じて登録をお願いするという感じです。支援のあり方は、事業者さんのご要望に合わせて比較的柔軟に変えています。例えば女性の店主さんがやっているパン屋さんは、女性専用の受け取りスポットとして登録していただいています。スタッフの方の安全面への考慮や、女性でも相談しやすい環境づくりという観点から、そのような体制になっています。

受け取りスポット登録の申請をされる方々は、どのようにしてせかいビバークに出会った方が多いのでしょうか?

SNSや口コミを通じて活動を知っていただくことが多いようです。また、元々つくろい東京ファンドの寄付者だった方にご相談をいただくこともあります。最初は我々の界隈で有名な事業者さんなどに話を持ちかけ、8ヶ所の受け取りスポットからスタートしました。徐々にさまざまな所で登録していただくようになり、今では26ヶ所にまで増えました。

さまざまな異なる職種の事業者が登録している印象ですが、あえてそうしているのですか?

そうですね、相談者の方が入りやすいようにと意識していて、最近は多様化してきています。というのも、この活動の趣旨として、困っている人とそうでない人との境目がシームレスになるなかで、支援を求めやすい環境をつくることを挙げているからです。この頃増えているのは、お寺や飲食店などですね。

今後、せかいビバークの活動をどのようにしていきたいですか?

誰もが“今この時”に助けてもらえて、もう1度踏み出すことができるような世界を作るためのソーシャルプロジェクトとして、活動していきたいです。ある日突然それまでの生活ができなくなることは、決して他人事ではありません。新型コロナウイルスのまん延だって、誰も想像しませんでした。身動きが取れなくなった時に、生活をもう1度立て直すための仕組みがあった方が良いのではないかと思うんです。せかいビバークがその答えかと聞かれると、即答はできませんが、そうあるために、改良の余地はあるでしょうし、もっとさまざまな事が出来ると思います。

なるほど。そのような思いから「“せかい”ビバーク」という名前になっているんですね。

はい。当初は「“街角”ビバーク」という案もあったのですが、より広い視野をもって活動をしていきたいという思いも込めて、今の名前になりました。

広い視野で社会に向き合うために、どのようなことを意識すると良いのでしょうか?

自分の生活を整えつつ、自分の周りの人たちを大切にするということが、社会貢献と地続きであるように思います。社会貢献をするためにわざわざ自分のテリトリーを離れる必要は無いと思うのです。仕事をしている人であれば、職場で人間関係をつくって人生を続けていくということ自体、社会の一部を担っていると言えます。自分の置かれた場所で、周りの人に気遣いをしたり誠実に向き合うことが、回り回ってより良い社会に繋がっていくと思います。

生活困窮者への支援として、読者のような若い世代はどのような事ができるでしょうか?

支援のあり方は自由です。だからこそ、「支援したい」と考えている人には思うがままに活動して欲しいなと思います。路上生活者支援においても、NPO以外にもやり方は様々あります。例えばNFTで1000万円稼いでホームレスの方用の住まいを建てるのも、立派な支援のあり方だと思います。先人のやった事を軽んじて欲しくはないですが、前例に引っ張られることなく、むしろどんどんそれを踏み台にして、自分のやり方で頑張ってくれたらありがたいなと思います。

身近な人への気遣いから始める支援

先の見通せない暮らしが続くなか、自分が暮らしていくことだけでも精一杯かもしれない。それでも今ある自分の暮らしに感謝しつつ、実は困っている人が身近にいるかもしれないと想像できる人でありたい。そして、まずは自分に、そして周りの人に誠実に向き合うことから始めたい。街中では、知らず知らずのうちに善意の輪が広がっている。自分の暮らしも大事にし、誰かが困っていたらみんなで助け合える社会に向けて、1歩、また1歩と歩みを進めたいと思う。

 

一般社団法人つくろい東京ファンド
2014年6月に設立。東京都内で生活困窮者の支援活動を行ってきた複数団体のメンバーによって、立ち上げられた。個室シェルターや支援住宅の運営など、生活困窮者への住まい支援活動に取り組んでいる。
https://tsukuroi.tokyo


取材・文:髙山佳乃子
編集:おのれい