よりよい未来の話をしよう

当たり前は自分で変えられる。校則から始める「ルールメイキング」

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私たちは、生活の中で様々なルールに囲まれている。法律はもちろんのことだが、どこかの組織に属せば、その組織のルールに則った生活が求められる。しかし、それらのルール全てに納得して生活をしている人は、じつは少ないのではないだろうか。「前々からそうなっていたから」あるいは「みんな守っているから」という理由で従い、そしてそもそも「ルールは自分で変えられるものではない」、そう考えている人も多いだろう。

毎回の選挙での低い投票率が示すように、私たちの多くは、自分の暮らす環境をより良く変えることに向き合い、それに対して力を使うことを避けてしまっているようにも感じられる。しかし、本来自分たちの生活規範となる考えなのであれば、自分自身で納得できるものになるよう、より積極的に関わっていくことが大切なのではないだろうか。

そんなルールとの関わり方を、「校則」を切り口に学生時代から学ぶことのできるプロジェクトがある。経済産業省「未来の教室」の実証事業(※1)として認定NPO法人カタリバ(以下、カタリバ)が展開する「みんなのルールメイキングプロジェクト」だ。

※1 経済産業省「未来の教室プロジェクト」
https://www.learning-innovation.go.jp/

学校の当たり前は自分たちで変えられる 「みんなのルールメイキングプロジェクト」

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認定NPO法人カタリバ「みんなのルールメイキングプロジェクト」 
https://rulemaking.jp/

このプロジェクトは生徒が先生や地域・保護者を巻き込み校則・ルールについて対話をしながら見直すことで、校則・ルールの制定に主体的に関われる学校を作る取組みである。経済産業省「未来の教室」実証事業として2019年からカタリバが始めたもので、教員や保護者、地域の方とも連携しながら実施されてきた。コーディネーターを派遣しルールメイキングに取り組む学校をサポートしたり、プロジェクト推進に役立つ教材を提供したり、教員や生徒の交流イベントを実施したりといった形でプロジェクトを展開している。

初年度、たった2校との連携から始まったこのプロジェクトも、今では全国から約30の学校が参加している。実際に本プロジェクトで校則を変えることに取り組んだ、広島県にある私立安田女子中学高等学校の事例をご紹介したい。

生徒も先生も、“対話”を通じ、多様な意見と向き合う重要性を学んだ

安田女子中学高等学校が校則見直しに取り組むことを決めたのは、2019年12月、まだ日本に対話的な校則見直しの実例が多くない頃だった。同校は広島に位置する女子校で、伝統を大切にする校風を持つ。正門前での一礼や授業開始前の静座などがその例だ。他校にない特色に誇りを持つ一方、伝統があるがゆえに変えにくい部分もあり、一部のルールが硬直化しているのではないか、という同校の問題意識から、本プロジェクトに参画したという。加えて、主体性を伸ばすような教育機会の一つとして本プロジェクトを位置づけたいという狙いもあった。

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安田女子中学高等学校の活動の様子(認定NPO法人カタリバ提供)

最初は生徒会が中心になり、「みんなが幸せになるルールを作る」というチャレンジ宣言を掲げ、新メンバーを募集し活動を展開した。集まった20名ほどの有志メンバーで組織したプロジェクトでは、全校生徒へのアンケート実施を通じて①学校へのスマートフォンの持ち込み禁止、②放課後の立ち寄りの禁止、③保護者なしでのカラオケ・ゲームセンター等への出入り禁止の3つに絞り込んだ。校則の改定案は、プロジェクトメンバーだけで考えるのではなく、全校アンケートや校内に意見を書き込める模造紙を貼り広く意識調査を実施するなど、多くの生徒が参加しやすい工夫がなされた。生徒会の視聴覚委員が活動の様子を取材し、新聞にして全校生徒に伝えていく取り組みも行った。保護者アンケートや先生へのインタビュー、警察へのインタビュー、カタリバから派遣されたファシリテーターや弁護士を交えた議論も行いながら検討を重ね、校則改定案を学校に提案。その後、学校内協議やプロジェクトメンバーと学校との対話を経て、これらの学校への提案は受け入れられ、2021年4月からは、改定された校則が実施されている。プロジェクトは第2期が始まり、改定案の点検と新たな校則・ルールの見直しに取り組んでいる。

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安田女子中学高等学校のルールメイキングの内容(認定NPO法人カタリバ提供)

プロジェクトメンバーとして活動した生徒たちからは、「これまで生徒が声を上げてもどうせ何も変わらないと諦めていたが、自分たちでも変えられるという自信を得た」という声などが聞かれ、学校や社会を自分自身で作っていくという主体性が芽生えたという。校則を変えることに対しては、生徒からは賛成だけでなく反対意見もあったそうだ。しかしそういった多様な意見を聞き、対話をしながら物事を進めていく重要性も、大きな学びの1つになったという。

学びを得たのは生徒だけではない。教員の中にも、当初ルールは「守らないといけないもの」「変えてはいけないもの」という認識が少なからずあり、その認識を「ルールは変えて構わないもの」と捉え直すところからスタートした。「なぜこの校則ができたのか」「その校則は今本当に大事なものなのか」など、教員同士でもルールについての対話を重ね、目線を合わせていくことの大切さに気づいたという。

校則見直しの際のよりどころを目指し、「ルールメイキング宣言」を策定

プロジェクトの開始から3年目を迎えた2021年、これまでの経験から、いくつかルールメイキングの際のポイントが見えてきた。そこでカタリバは校則見直しのときに指針となるような「ルールメイキング宣言」(※2)を策定することとした。本プロジェクトに限らず、校則見直しが全国的にも広がってきていたなかで、「校則見直しの現場で大切にしたいこと」を言語化する。そのことでこれからルールメイキングを始める人の指針になったり、あるいはすでに取り組んでいる人たちが「こんな観点もあったのか」という振り返りになったり、校則見直しの際の“よりどころ”を作りたいという想いから始めたそうだ。
策定は専門家に加え、本プロジェクトでルールメイキングを行っている実証校11校の生徒や先生、その他公募した中高生メンバー(団体2校、個人7名)からなる委員会チームで行った。公開トークセッション(※3)で委員会メンバーたちが語る観点や言葉を、カタリバスタッフと専門家で構成する編集チームがまとめた形だ。

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ルールメイキング宣言公開トークセッションの様子(認定NPO法人カタリバ提供)

特筆すべきは公募で集まった中高生メンバーの存在だ。本プロジェクトとは関係なく、生徒会として、あるいは個人としてルールメイキングに取り組んだことのあるメンバーが集まったという。とくに個人で参加したメンバーは、自分の学校で1人で動いてはみたけれど、先生から理解を得るのが難しかったり、友達に話してもなかなか仲間が作れなかったりと、いつくもの壁にぶつかりながらも、試行錯誤を重ねながらルールメイキングに取り組んでいる。

参加した多くの中高生メンバーから、今回の委員会に参加したことで「対立するだけじゃ物事は前に進まない」という気づきを得た、という感想が聞かれた。学外の先生や生徒、有識者と話をする中で、改めて“対立”ではなくて“対話的”に取り組む重要性を認識したという。実際に自校でも、その気づきを持って「先生に一方的に主張する」、「署名を持って行って抗議する」といったアプローチではなく、対話を心がけることで、先生側の姿勢も変わり一緒に考える機会が生まれたり、「ルールを守らなければならない」という態度自体を見直そうとしたりする先生も出てきたそうだ。

また、主催のカタリバが意図していなかった動きとして、委員会メンバーの横のつながりが広がったこともあったという。問題意識が似ているメンバーが集まる中で、先生・生徒に関係なく自主的に対話をしたり、イベントを開催したりという動きが生まれてきたそうだ。実際、意気投合したメンバーが独自にイベントを立ち上げ、カタリバとコラボレーションしながら対話の場を展開している(※4)。

※2 認定NPO法人カタリバ「みんなのルールメイキング宣言」全文
https://rulemaking.jp/sengen

※3 認定NPO法人カタリバ「みんなのルールメイキングチャンネル」(計6回の公開トークセッションを閲覧可)
https://www.youtube.com/channel/UCfOmpqOXUJkZSdyLgEtu-iw

※4  委員会メンバーから立ち上がった団体「フラっと。」
https://twitter.com/flatdialogue

より良い社会を作っていくために、疑問に声をあげ、自ら関わっていく経験を

最後に「校則を切り口に、生徒がルールに関わっていくことの重要性」についてカタリバの担当者に伺った。

「世の中でもシティズンシップ教育や、若い人が社会に参加しようという取組みが広がっていますが、日本では『自分のあたりまえを自分たちで作っていく』という経験が圧倒的に足りていないと感じます。ルールは基本的に守るものと認識されていて、疑問に声を上げ、自ら関わり変えていくという経験が足りていないなと。そうなると国政選挙など、より大きな社会の中で自身の意思表明が求められたときに、自分なりの解を探究するのではなく、『正解』とされているものを探してしまいます。もっと世の中は複雑で変わりうるものだと思うので、自分で考えて社会を作っていける、それが当たり前なんだ、という認識が広がってほしいですし、そのためには中高生の段階からからこういった身近な社会(=学校)のなかでルールメイキングの経験ができることが重要だと考えています」(「ルールメイキング宣言」担当者 古野さん)

「『自分たちのルールは、自分たちで話し合い、自分たちでつくる。』というコンセプトを宣言の策定にあたり掲げていますが、これからの社会のつくり方がこの言葉に詰まっていると思います。誰かがトップダウンで決めるのではなく、そこに関わる人たちがみんなで対話を重ねながら、みんなにとってよりよい社会をつくる、よりよい納得解を考えるということが求められると思います。自分たちで変えられるという手応えと、みんなで話し合って決めていくというスキルが同時に身につけられるこのプロジェクトは、中高生にとって大事な機会になると思います。」(みんなのルールメイキングプロジェクト事務局リーダー 山本さん)

今回策定した「ルールメイキング宣言」は、実証校の具体的なエピソードなども付け加え、今後完成版に向けてさらにブラッシュアップしていく予定だ。同時に、宣言を活用しルールメイキングに取り組むことを学ぶワークショップなども開催し、広く学校などに展開していきたいという。そのような流れを通じてルールメイキングに取り組む学校が増えることで、今度は学校それぞれの「ルールメイキング宣言」が自然とたち上がり、お互いの経験や知恵を共有するネットワークが広がっていく、そんな未来も見えてきそうだ。

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「誰か」から「私」に主語を変えてみよう

自らルールを変える経験をした中高生は、これから先も自分の周りの環境を、そして社会を切り開いていく視点とスキルをすでに手に入れているだろう。「ルールメイキング宣言」の中にある「対話」というキーワードもその1つで、様々な価値観の人が生きる社会で、相手のことを知り、多くの人が心地よい環境を作っていくために、必要不可欠な視点だと考える。

ルールメイキング宣言を参考にしながら、「誰かがルールを変えるだろう」ではなく、「私がルールを変える」に主語を変え身の回りを見てみること。そんな小さなことから、ひとり一人がより主体的に社会と関わり、世の中を作っていく動きが加速するのではないだろうか。

校則見直しの動きは、全国で広まってきているという。今後もルールとの向き合い方にどんな動きが生まれるのか、注目していきたい。

 

取材・文:大沼芙実子
編集:森ゆり