よりよい未来の話をしよう

若手作家に聞く!伝統と革新で”いま”を彩る工芸品

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日本には独特の文化があり、和食や踊り、工芸技術など複数が無形文化遺産に登録されている。その中でも日用品として使う工芸品には様々な種類があり、地域特性が活かされる。経済産業省では、日常生活に使用されるもの、伝統的な技術又は技法により製造されるものなどの指標を定めて「伝統的工芸品」を定義しており、2021年1月時点で、その数は236品目にも及ぶ。
しかしながら、その生産量と従事者数は年々減少傾向にあり、時代にあったアップデートが求められている。今回は、伝統技術を生かした新しい作品の創出に取り組む、若手工芸家の取組みをご紹介する。

次世代を担うつくり手たちの最初の一歩を応援!
ファースト・パトロネージュ・プログラム

従事者数の減少が叫ばれる伝統的工芸産業界。先人たちが積み重ねてきた伝統工芸の文化を守るためには、その技術を次世代に継承していくことが必要不可欠であるが、無名のつくり手たちが仕事を続けられる環境ができるまでには長い時間がかかる。この現状を踏まえ、次世代を担う若手工芸家を支援し、つくり手の活躍の場を広げるため、様々な取組みが行われている。「ファースト・パトロネージュ・プログラム」もその1つだ。

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工芸の分野において「今まさに社会に向けつくり手となろうとしている人」と「使う人」を繋ぎ、作品購入という行為が「若き創り手のスタートを支援する」という意識を社会に拡げることを目指し、今回で5回目の開催となる。「使うもの」でもある日本の文化芸術のいち分野=「工芸」を切り口に、一般の方とつくり手を繋ぎ、よき文化の受け取り手の醸成を目指した取組みだ。全国で活躍する作家からの推薦を受け、技、個性、のびしろ、現代アートなどの視点を踏まえた審査で選ばれた20名が出展し、2021年12月31日までの期間、オンラインで作品を展示・販売するほか、作家と観客をつなぐイベントも開催されている。

筆者もイベントを訪れたが、20人の若手作家の作品はどれも個性的で”伝統を重んじた、格式高い”といった工芸品への印象が、”身近で新たなアイデアに溢れる”という新しい印象に塗り替えられるものばかりだった。同時にそれぞれの作品は、どのような背景で生み出され、どんな想いで制作をされたのか、自然と聞きたくなる魅力を秘めていた。そこで、イベントに出展した作家から、漆工、陶芸、木工の分野で創作活動をされている3人にお話を伺った。

高価な漆を、自分のいる場所まで引きずり下ろしたい
-遠藤 茜さん(漆芸)

1人目は漆芸作家の遠藤さん。現在、金沢美術工芸大学大学院で学んでおり、来年には就職を控えている。一見ユニークな、思わず近寄ってじっくり見たくなる作品が印象的だ。作品に込めた想いを伺った。

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漆芸を始めたきっかけを教えてください。

絵が好きで高校まで油絵をやっていましたが、新しいこともやってみたくて漆芸を始めました。友人の母が工芸作家だったこともあり、工芸に関心を持ちました。工芸のある大学に進学し授業を受ける中で「漆」が1番わからないな、と思ったんです。習熟までに時間がかかりそうで、わからないから勉強したい、と感じました。必然的に選んだというよりは、たまたま何かに引っ張られてご縁で漆を選んだのかな、とも思っています。
漆は樹液なので、立体のものを作る際は支持体となるものが必要です。「漆と何を組み合わせるのか」ということ自体が、自己表現の1つになると思います。

作品について教えてください。

クッション状のものを支持体にしています。自分で縫物をして、綿を詰めて支持体を作ったうえに漆を塗ります。ぬいぐるみを支持体にしている先輩の作品が面白いと思ったのと、布と漆は相性が良いとも感じていたので始めました。
今回は「取っ手のついた作品」「足のついた作品」の2種類を出展していますが、ずっと作っているのは「取っ手のついた作品」です。大学のときの下宿先が、ニトリなど、時間がない中で手近な家具で揃えられているのが仮設的だと感じました。一方で外で出会った民芸品や古道具には懐かしさを感じることがあり、工芸を用いて自分の居場所が作れるのではないか、そのスタンスで作品を制作しようと考えました。どんな場所でも、自分の信じる物体がそばにあるだけでそこが自分の居場所になるんじゃないかと思い、引き出しを思い起こさせるようなものを作ったという経緯です。取っ手はメルカリなどいろんなところから集めてきています。
「足のついた作品」には、漆で作ったシールを貼っています。お土産屋さんで漆器など高価なものに「本漆」などのシールが貼ってあるのをみて、高級なものに対し安っぽいシールがついている対比が印象的で。作品にも安価なシールを貼ることで、みんなの漆への価値観をちょっと揺るがすことができるのでは、と思って作りました。

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作品には、共通するテーマがあるのでしょうか?

実家が一般家庭だったので、漆や金など高級な素材を使うことと、自分のいる場所とのギャップがあると感じており、ずっと「漆を自分がいるところまで引きずり下ろしたい」と思っていて。漆でチープなものづくりもしたいと思い、「足のついた作品」が生まれました。漆は面白くて、金や螺鈿など高級な素材ばかりを使うと思いきや、綺麗な白色を出したいという理由で普段なら捨てる「卵の殻」を使ったりするんですよね。そういう点では私も卵殻がすごく好きで、今回の作品にも使いました。
また漆の作業は塗って、研いで、を繰り返し最後にやっと作品ができ上がるので、労働性が高いと感じます。それに比べ最初の原型を作る工程は創造的で、創造性と労働性のギャップがすごいなと思っています。その差がもう少しなだらかにならないかしら、とも感じており、「労働性」というテーマも関心があります。
産業全体でも、伝統を守るだけでなくいま売れるものを作らないと、という機運は高まっていて、新しい技法が注目される風潮もありますが、ただ「新しいことをすればよい」ということでもないと思います。作品自体の素晴らしさをしっかりと見ていきたいですね。

柔らかさや優しさを感じてもらえるような作品を 
-五嶋 穂波さん(陶芸)

2人目は陶芸作家の五嶋さん。大学までは触れていなかった陶芸を卒業後のキャリアとして選んだと言う。優しく淡い色味と柔らかな形の中に、暖かさを感じる作品だ。陶芸家を選んだ経緯や作風について伺った。

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陶芸を始めたきっかけを教えてください。

大学卒業までは全くやっていませんでした。父が陶磁器関係の会社を経営していたので、就活の過程で「陶芸の道に行こうかな」と決めました。手で物を作る仕事がしたいと思ってはいたのですが、多少リスクも考えてしまって。なかなか踏み出すことができなかったのですが、就活のとき「これが飛び込む最後のチャンスになるかも」と思い決めました。
いまは多治見市陶磁器意匠研究所のセラミックスラボに所属しながら、実家の会社でSNSの担当をしています。コースが終わったら実家の会社に入り、自分の作品も作っていきたいと思っています。

作品について教えてください。

自分自身がどのようなもの・状態に対して美しさを感じるのかを日々考え、制作を重ねており、色彩と質感、形のバランスから、柔らかさや優しさを感じられるものを作っています。人に癒しを感じてもらえる作品ですね。現在は主に器を制作しています。形に合わせて釉薬を変えたり、その逆だったり色々試しながら作っています。焼成(しょうせい)というプロセスを通して、まだ見ぬ美しい表情に出会いたいという強い気持ちもあります。
陶器は釉薬の調合や焼き方など、様々な要素で色味が変わるので、2〜4種類くらいの釉薬を1つの器にかけて色の複雑さを出しています。釉薬は自分で作りますが、原料によって特徴がすごくあって。焼いてみて違うと思ったら配合を変えたり、少しずついじって研究しています。また質感も、釉薬の調合次第でガラス質になったり、マット質になったり、その中間になったりと変わります。釉薬と土との相性もあるので、柔らかくしたり硬い印象にしたり、そこも相性を見て調整しています。

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周りの陶芸家にも、若い方は多いのでしょうか?

私の通う研究所のコースに入る人は、20年前より減ってはいるとは思います。でも客観的にみると「思っていたよりは陶芸をやりたい人は多いんだな」という印象で、最初は驚きました。美術大学などを出たあとのステップアップで全国から、また海外からも多くの研究生が集まっています。お互い刺激し合うことも多く切磋琢磨しながらやっています。
多治見市は陶磁器が地場産業なのですが、個人的な印象としては、「伝統を守っていこう」という方だけではなく、新しいことにも割と寛容な気がします。行政も関わって、新しい陶磁器産業を盛り上げようという機運をひしひしと感じています。

何世代もかけて育てられた木は、100年先まで残る作品へ 
-亘 章吾さん(木工)

最後は木工作家の亘さんだ。「これが木…?」と思わず疑ってしまうほど、美しく滑らかな曲線に魅了された観客は多いだろう。その特殊な技術とこだわりについて伺った。

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作品について教えてください。

特殊な曲木技術と人工林で育った吉野の檜(ひのき)、その2つを一貫して使っています。加えて「自然を感じる形」を大事にしており、生物が進化する過程で獲得してきた自然の法則性からイメージを膨らませて形を決めています。自然界には法則性はあっても同じ形は存在しない。不均一の中にある調和が自然らしい美だと感じ、表現しています。
曲木の技術自体も特殊で、従来の曲木は木材を型に挟み曲げるので2次元的な曲線になりますが、僕の曲木は型を使わないので手の動きが直接形に現れ3次元的で複雑な曲げ方ができます。同じように曲げても同じものはできない。そこがある種の”人間”という動物ゆえの自然、ですよね。曲げた後の乾燥の過程でも素材の動き方が違うので、同じ形を作っても不均一性が生まれます。
そして曲木の工程は作品の骨組みにすぎません。それらをいかに美しいラインに削り出すかが重要です。曲線だらけで機械では削れないため、全てのラインを手書きし、小さな鉋(かんな)を用いて削ります。

特殊な曲木の技術は、どちらで学ばれたのですか?

アイルランドの造形作家が確立させた技術で、僕もその方の元で職人として働いていました。積層曲木という以前からある技術の応用発展系です。それをベースに、僕は日本の伝統的な木工技術と素材を組み合わせ作品を作っています。
木工の歴史では、形を作る際木と手の間に絶対に道具がありました。石なり刃物なり、その道具の形が反映されるんです。でもこの技術は曲げる瞬間、木と手の間に道具はないんです。これは太古から続く木と人の関係の新たな可能性だと思っています。いままで木で考えられた造形美とは完全に一線を画す美しさがあります。

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素材へのこだわりも教えてください。

伝統的な素材、日本最古の林業とされる吉野の人工林で育った檜(ひのき)を使っています。色味と目の積んだ木目の美しさは大前提ですが、型を使わない技術のため節がなくて通直な木目であることが大切です。少しでも節や木質の偏りがあると屈折したり節のところで割れたりするので、人の手が加わり均整化された木材を使うことが密接不可分です。
素材もある種、作品です。100年以上育って、何世代もかけて育てられたもの、そこには大地の記憶や時間の積み重ねが刻まれていて、それだけでも十分美しい。その素材そのものの美しさを圧倒的な造形美に乗せて伝えたいと思っています。そういう意味で技術は完全に革新的なものである一方、素材は伝統的なものと言え、伝統と革新の融合と捉えられますね。
日本に昔から受け継がれてきた人と森との関わり方は、持続可能の最良の例だと思います。人間と自然が良いバランスで関わり森を持続させ、その恩恵を人間は享受し、森も健全な状態に保たれる。工芸や建築を通して受け継いできたその文化を作品を通じて伝えられたら、と思っています。何世代も先のことを思いやる、そのタイムスパンで物事を考えていきたいですし、木工を学ぶ中で「100年かけて育った木は100年使えるものへ」と言われたことがありますが、自分が作る作品も100年先まで残るものを、と考えて作っています。

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「ファースト・パトロネージュ・プログラム」は、工芸分野で制作活動を始めたばかりのつくり手達にとって「ロケットスタート」となる機会だ。若手芸術作家の活動を支援し、つくり手の応援者を日本社会に増やしていくことで、文化創造の発展を目指している。

日常生活で何気なく目にする工芸品だが、作品そのものに、用いられた素材に、そして作られた背景にしっかりと向き合う機会は、じつはは少ないのではないだろうか。作家1人1人の想いやこだわりを知ることで工芸と向き合う機会が生まれ、それが私たちの生活をより豊かにし、同時に伝統芸術自体を支えることにも繋がる。
「ファースト・パトロネージュ・プログラム」は年内開催している。このイベントをきっかけに作品とその物語を知り、パトロンになって文化芸術を積極的に支え、日常生活に彩りを加えるきっかけとしてみてはいかがだろうか。


ファースト・パトロネージュ・プログラム2021秋
会期         2021年10月28日~12月31日
主催         一般財団法人川村文化芸術振興財団
協力         一般社団法人 ザ・クリエイション・オブ・ジャパン、株式会社WETCH
特別協力  3331 Arts Chiyoda
認定    公益社団法人メセナ協議会
期間限定特設サイト:https://fpp.kacf.jp/

 

取材・文:大沼芙実子
編集:篠ゆりえ