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文化と歴史を生む”祭り”。音楽フェスはこの先も歩み続けられるか?

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音楽フェスという文化は、果たして、この先も続いていくことができるのだろうか。
2021年の時点から振り返ると、たった2年前の光景が、もはや遠い過去のように思える。たとえば、前夜祭も含めて4日間で約13万人が来場した「フジロック・フェスティバル ’19」のアフタームービー。動画の紹介には「また来年、皆さんと一緒にたくさんの笑顔溢れる特別な空間を一緒に創り上げられる事を楽しみにしています」とある。

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そこにある「特別な空間」という言葉の意味は、ずいぶんと変わってしまった。アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカなど世界各国のアーティストがステージに立ち、大勢の人たちが集まって、ご飯を食べたりお酒を飲んだり、思い思いに過ごしながら、自由に音楽を楽しむ。そういう場所が、毎年のように当たり前にあるものだと、あの時は思っていた。

ゼロからマイナスへ。窮地に追いやられたフェス

新型コロナウイルス感染症の拡大によって社会全体に大きな変化が訪れたこの2年。中でも大幅な縮小を余儀なくされたのがライブ・エンタテインメント産業だ。ぴあ総研の発表(※1)によると、2020年の市場規模は前年比82.4%減。さらに壊滅的な打撃となったのが音楽フェス市場で、やはりぴあ総研の発表(※2)によると、2020年の市場規模は前年比97.9%減。ほとんどのフェスが開催中止となり、市場はなかば“消失”状態となった。

2021年も苦境は続いた。長引くコロナ禍を受けて多くのフェスが中止や延期を発表した。そんな中、8月20日から22日にかけて2年ぶりとなる「フジロック・フェスティバル ’21」が開催されたことは、大きな波紋を呼んだ。例年に比べて来場者数を大幅に減らし、感染防止対策も徹底したが、感染者数が過去最高を記録し13都府県に緊急事態宣言が発令された中での開催は賛否両論を呼び、アーティストが直前になって出演を辞退することもあった。

そして、8月29日に愛知県常滑市で開催された「NAMIMONOGATARI 2021」の杜撰な運営が大きな批判を集め、実際にクラスター(感染者集団)も発生したことで、社会におけるフェスのイメージは決定的に悪化した。同日に大阪府泉大津市で開催された「RUSH BALL 2021」を筆頭に、他のフェスのほとんどは感染防止対策を徹底し、来場者もルールとマナーを守り、イベント終了から2週間後に感染者などの報告がなかったことを発表している。しかし、そうして積み重ねてきたフェスとそれぞれの地域との信頼関係も損なわれた。フェスを巡る状況は、いわば、ゼロからマイナスへと低下した。

※1 出典:ぴあ株式会社「ライブ・エンタテインメント市場がコロナ前の水準に回復するのは、最短で2023年 / ぴあ総研が将来推計値を公表」
https://corporate.pia.jp/news/detail_live_enta20210928.html

※2 出典:ぴあ株式会社「音楽フェスの市場、98%が消失。2020年の調査結果をぴあ総研が公表」
https://corporate.pia.jp/news/detail_live_enta20210416_fes.html

コロナ禍を経て考える、フェスの価値とは?

9月18日には千葉県千葉市のZOZOマリンスタジアムで「スーパーソニック」が開催され、コロナ禍以降、海外アーティストを日本に招聘した初の事例となった。10月には熊本県で「阿蘇ロックフェスティバル」が開催されるなど、少しずつフェスの光景は戻ってきつつあるが、この先の見通しはいまだ不透明だ。

そんな2021年だからこそ、改めて考えてみたいことがある。フェスは、社会にどんな価値をもたらしていたのか。音楽カルチャーの中で、人々の暮らしの中で、どんなプラスを生み出していたのか。

もちろん「楽しいから」ということ自体も大きな価値だと思う。音楽やエンタテインメントは、それを心の糧にしている人にとっては、決して不要不急のものではない。非日常空間に集まり、大きな音を浴びて、音楽の興奮に身を委ねるということの快楽性もある。

ただ、それに加えて、単なるライブやコンサートとは違った、フェスならではの魅力というものがあるのも事実だ。筆者は大小さまざまなフェスの場に足を運んできた。海外のフェスのいくつかにも訪れた。そういう経験で体感してきた、たしかな感覚がある。様々なアーティストが集い、複数のステージで同時進行で行われるライブには、オンラインには決して代替されない磁場がある。フードエリアやキャンプエリアなど、その場所で過ごすこと自体の楽しみがある。地元への経済効果というのも無視できないが、それ以上に大きなパワーがフェスにはある。

ポップカルチャーの”歴史”をつくった”伝説”

その源泉は、およそ50年前の1969年に遡る。この年の8月15日から17日にかけて開催されたのが「ウッドストック・ミュージック・アンド・アート・フェスティバル(ウッドストック)」。平和と愛と音楽の3日間をかかげ、約40万人が集まった伝説のフェスだ。ニューヨーク州ベゼルの農場で開催されたフェスの跡地には、現在、ミュージアム「The Museum at Bethel Woods」が運営されている。筆者も一度訪れたことがある。ウッドストックだけでなく、60年代のカウンターカルチャーや、その背景にあったベトナム戦争などの社会状況なども含めて、20世紀のポップカルチャーからアメリカという国の辿ってきた道筋を展示する施設だ。“伝説”というのは、語り継がれることによって“歴史”になる。そういうことを実感した記憶がある。

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(ウッドストック開催跡地 2014年 筆者撮影)

2021年8月に公開された映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』も、フェスの意義を歴史の中に位置づける傑作だ。こちらは、ウッドストックと同じく1969年に開催された「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」の模様を伝えるライブ・ドキュメンタリー映画。ニューヨークのハーレム地区にあるマウント・モリス公園で無料で行われ、B.B.キング、スティーヴィー・ワンダーやスライ&ザ・ファミリー・ストーン、ニーナ・シモンなど豪華アーティストが出演、6回の週末でのべ30万人を動員した同フェスは、黒人音楽の一大祭典として盛況を集めるも、撮影された映像は当時の放送局や映画会社の興味を集めず、フィルムは長らく地下室に眠っていたという。

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 『サマー・オブ・ソウル~』は、ザ・ルーツのドラマーとして、またプロデューサーやDJとしても活躍するアミール“クエストラブ”トンプソンが初監督をつとめた作品。映画は実際のステージの模様に出演アーティストや関係者、参加していた観客のコメントを挟む形で構成されている。丁寧に復元されたカラフルな映像からは、グルーヴィーで迫力に満ちた歌や演奏だけでなく、フェスを楽しみ熱狂する観客の様子も生々しく伝わってくる。また、映像からは、公民権運動の盛り上がりから68年のキング牧師暗殺などを経て大きく揺れていた当時の社会情勢と、アメリカ社会が持つ人種差別の宿痾も浮かび上がってくる。そこから現在の「ブラック・ライブズ・マター」運動が繋がっていることも示唆される。

一方、イギリスを代表するロックフェスの「グラストンベリー・フェスティバル」は1970年に初開催されている。こちらはフジロックのモデルとなったフェスだ。ウッドストックは運営上の様々な問題も噴出し1度きりの開催に終わっているが、グラストンベリーはその後も継続的に開催され、2019年には20万人以上が参加する世界最大級の音楽フェスとなっている。広大なエリアに数十のステージが乱立し、音楽以外にもサーカスや演劇、ダンス、映画など幅広いカテゴリのアートやパフォーマンスが行われるグラストンベリーは、いわば、フェスというよりも、ひとつの街とも言えるような規模を持っている。これも、“伝説”が“歴史”になった一例だ。

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(グラストンベリー・フェスティバル開催跡地 2009年 筆者撮影)

00年代以降の日本にも。文化として根付くフェス

日本でこうしたフェス文化が本格的に始まったのは、1997年のフジロック初開催以降のことだ。70年代から80年代にもいくつかのロックフェスは開催されていたが、その多くは1度きり、もしくは数回の開催に終わっている。フジロックがそれらと違ったのは「続いていくもの」として、日本の音楽カルチャーに根付いていったことだ。

そうして00年代以降の日本には野外フェスの文化が定着していった。かつてはウッドストックにも通じる“事件”のイメージと共に語られていたロックフェスも、より身近な“レジャー”として親しまれるようになっていった。北海道の「ライジング・サン・ロック・フェス」、ひたちなかの「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」、そして東京と大阪で開催される都市型フェスの「サマーソニック」と、98年から00年にかけて初開催された大型野外フェスは、その後も20年以上の歴史を重ねることになる。

10年代以降の日本では、さらに多様なフェスが開催されるようになっていった。数万人規模の大きなフェスだけでなく、地方で開催される小規模で個性的なフェスが増えていった。特に東北では震災からの復興を掲げるフェスが多く開催された。また、10-FEET主催の「京都大作戦」や、西川貴教が主催する「イナズマロックフェス」、氣志團主催の「氣志團万博」など、アーティストが旗を振り地元を盛り上げるタイプのフェスも盛況を呈した。

未来を育むための”祭り”

フェスの意義のひとつは、“自分たちの文化”を、目に見える形と実際の盛り上がりを通して共有できる、ということにある。だからこそ、同じ価値観を持った人たちが1つの場所に集まることに意義がある。ウッドストックだろうが氣志團万博だろうが、その構造自体は同じだ。

そして、地元を巻き込み、継続して開催されることで、一過性のブームから“祭り”として、ライフスタイルの中に浸透していくようになる。フェスにおいては「参加者が主役である」とよく言われるが、それがお題目でもなんでもないことは、コロナ禍で明らかになったはずだ。

さらに言えば、フェスが社会問題と向き合う場として根付いてきたことも見逃せない。フジロックでは初期から環境対策へと取り組み、バイオディーゼル燃料や太陽光発電などのクリーンエネルギーの導入も行ってきた。NGO団体による社会的活動を紹介する場も提供してきた。そうした取り組みも、10年以上積み重なってきた。

ここで、冒頭の問いに戻る。

音楽フェスという文化は、果たして、この先も続いていくことができるのだろうか。

筆者はその答えはイエスだと思っている。この20年近くの積み重ねを経て、少なくとも、「儲かるから」とか「楽しいから」とかではなく、もっと根源的な理由でフェスに惹かれている人たちが沢山いることを知っている。

 

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柴 那典/しば・とものり

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、音楽を中心にカルチャーやビジネスなど幅広くインタビューや記事執筆を手がける。2021年11月に新刊『平成のヒット曲』(新潮新書)を上梓。著書に『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」

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Twitter:@shiba710


寄稿:柴那典
編集:柴崎真直