よりよい未来の話をしよう

どう見えるか、ではなくてどう在るか。 鍛えられるのは筋肉だけではない。

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トレーニング機器に足をかけてポーズをとる友人。最近、SNSでこういった投稿をよく見かける。コロナが流行し始めてから、同じような投稿が一気に増えたように思う。SDGsの目標にも「すべての人に健康と福祉を」という項目がある。健康でいるに越したことはないが、なぜ世の中ではトレーニングがこんなにも流行っているのだろうか。

義務教育を終えると、運動をする人は一気に減る

小学校・中学校の義務教育では体育の授業があり、さまざまな競技に打ち込んだはずだ。しかし、高等教育・大学になるとその運動習慣は徐々に減っていく傾向にある。厚生労働省が発表した「令和元年 国民健康・栄養調査報告」(※1)によると、運動習慣(1回30分以上の運動を週2日以上、1年以上続けていることを指す)があると答えた20代男性は28.4%、女性は12.9%となった。30代を見ると、その割合はより下がる。

「体育」という体を動かす時間が確保されていた学生時代を終えて以降は、意識しなければ運動習慣は身に付きづらい。だからといって、あえて運動する時間を確保しようとする人は少ないようだ。運動習慣が無いと回答した男女のうち、「運動習慣を改善するつもりはない」(「改善することに関心がない」「関心はあるが改善するつもりはない」の合算)と回答した人の割合は全体で最も大きい。

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出典:厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査報告」(2021年10月利用)

※1 : 厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査報告」(2021年10月利用)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf

私たちの健康を脅かし、運動実施へと背中を押したコロナ

しかし、コロナウイルスの影響で、この状況に変化が起きている。
2020年の春から始まった新型コロナウイルス感染症の拡大は、私たちの生活様式を劇的に変化させた。その影響により生じている問題の1つが、コロナ太りだ。それに伴い、以前よりも運動する人が増えている。スポーツ庁が実施した「令和2年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」(※2)によると「1年前(令和元年)との運動頻度の比較」で「運動頻度が増えた人」は全体の18%、年代別で見ると20代・30代は男女ともに20%を超えた。頻度が増えた理由で1番多かったのは「コロナウイルス感染症対策による日常生活の変化」であり、全体の36.4%となった。

そして、その間実施された運動の種類で、ウォーキングの次に多かったのが筋力や運動機能・身体機能を高めることを目的とする「トレーニング」であった。コロナをきっかけにしたトレーニング実施の増加は世界的な流行ともいえる。E-COMMERCE TIMESが2020年7月20日に発表した記事(※3)によると、アメリカのECサイト「eBAY DIRECT SHOP」においてコロナウイルス流行前と後では、フィットネス器具の売り上げが1,000%以上あがったそうだ。例えば「ダンベル」で比較すると、2020年3月〜4月の売り上げは、前年比1,980%増となり、ここ最近で一気に「トレーニング」に関心が集まっていることがわかる。

▼アメリカにおける運動器具の販売数比較(2019年ー2020年の比較)

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出典:E-COMMERCE TIMES「Fitness Products Shatter Online Sales Records During Lockdown」

身体を鍛えることによって何が得られるのか、トレーニングが習慣になっている友人に尋ねてみると、「トレーニングの後には、筋肉痛が伴う。その痛みが無くなると、そこには強くなっている自分(筋肉)がいる。成功体験を積み重ねていくのが楽しいし、1つずつのトレーニングを乗り越えることが自信につながる」という。トレーニングは、成功するか失敗するかやってみないと分からない仕事や賭け事ではない。時間をかけて取り組めば、確実に成果が出る。「努力した分だけ結果が得られる」ことを身をもって体感できる、とても貴重な機会なのだ。トレーニングを通じた小さな成功体験の積み重ねは、自分を信じるための第一歩となり、身体だけでなく、心を鍛えることにも繋がる。

筋トレがもたらす効果は精神論にとどまらない。筋肉を鍛えることで得られる自信は、科学的な根拠に基づいている。

※2:文科省スポーツ庁「令和2年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」(2021年10月利用)
https://www.mext.go.jp/sports/content/20200507-spt_kensport01-000007034_1.pdf
※3:E-COMMERCE TIMES 「Fitness Products Shatter Online Sales Records During Lockdown」
https://www.ecommercetimes.com/story/Fitness-Products-Shatter-Online-Sales-Records-During-Lockdown-86762.html

モルヒネの6.5倍の鎮静作用。
そんなホルモンを自分でつくれてしまうという不思議

筋肉の量が増えると、身体が消費するエネルギーも増え基礎代謝が向上し、安静時に脂肪が燃焼されやすくなる。また、血流の改善や老廃物が溜まりにくくなるなど、筋トレがもたらす身体へのメリットはさまざまだ。加えて、筋トレをすることで分泌されるホルモンは10以上もあると言われている。「臓器でしか分泌されない」と言われていたホルモンが筋肉からもつくられ、それが血液と共に全身を巡るのだ。中でも、脳内に分泌されるものは精神の状態や感情の起伏に多大なる影響を及ぼし、私たちの日常生活に作用する。

〈筋トレで分泌される代表的な脳内ホルモン〉(※4)

ドパミン
脳内報酬系の活性化において中心的な役割を果たしている神経伝達物質の一種で、「喜び」「幸せ」「やる気」をもたらす働きがある。

セロトニン
脳内の神経伝達物質のひとつで、他の神経伝達物質であるドパミン(喜び、快楽など)やノルアドレナリン(恐怖、驚きなど)などの情報をコントロールし、精神を安定させる働きがある。

エンドルフィン
脳内で働く神経伝達物質の一種。鎮痛効果や気分の高揚・幸福感などが得られるため、脳内麻薬とも呼ばれる。エンドルフィンは、医療用の鎮痛剤に用いられるモルヒネの6.5倍もの鎮静作用を発揮することもある。

つまり、筋トレは身体の健康状態の維持にはもちろん、心の持ちようや思考のあり方にもいい影響を及ぼすのだ。

※4 参考:e-ヘルスネット「健康用語辞典」厚生労働省(2021)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp

ストレス社会が磨きをかけた「筋トレ」の新しい価値

かつて「マッチョ」を連想させた筋トレは、いまや性別・体型にかかわらず、自分の身体や心と上手に向き合うための手段として生活に取り入れられている。筋トレのパラダイムシフトが起こっているのだ。

2021年6月、webアプリ『少年ジャンプ+』で『本気出せばお前殺せる』という漫画の連載がスタートした。日々筋トレに励む女子大学生が、ジェンダーロール・ルッキズムなど、現代社会に蔓延る差別や偏見に立ち向かう内容で、連載開始当初からSNSを中心に話題となった。カルチャーの文脈における「筋肉」「筋トレ」の描かれ方も、時代と共に変化している。

日々の筋トレで成功体験を積み重ね、ポジティブなエネルギーを自分でつくりだすことができれば、いま抱えている不安や悩みも少しは楽になるかもしれない。「筋肉は最高のアクセサリーだ」。数年前に聞いた友人のこの言葉も、いまは違った響きをもって聞こえる。

 

文:おのれい
編集:柴崎真直