「僕は羊にもラグビーにも、全く興味がない」
先日、ニュージーランド出身の友人にそう言われた。彼は、数年前まで島根県の田舎町に住んでいたらしい。当時、「ニュージーランド出身」という理由でそれらが会話のきっかけとして用いられることが多かったそうだが、彼はそれが嫌だったという。「その人自身を見ていないよね。失礼に値すると思う」と彼は言っていた。
近年、少しずつではあるが、日本でも差別や偏見を無くしていこうとする気運が高まりつつあるように感じる。社会的組織の重役による問題発言に端を発し至る所で議論の的となっているのが、「無意識の偏見」あるいは「アンコンシャス・バイアス」と呼ばれる潜在的なモノの見方である。
無意識の偏見はなぜ生じてしまうのだろうか?そして問題解決のために今、どのような取り組みが行われているのだろうか?
知識と偏見は紙一重。必要不可欠な脳の働き
立正大学心理学部教授の上瀬由美子氏は、自身の著書『ステレオタイプの社会心理学──偏見の解消に向けて──』において、
「カテゴリーにあてはめて対象を知覚するというカテゴリー化の過程は、人間の知覚全般に関わるもので、外界の適応のために必要不可欠です」
と語る。(※1)
なんとなく、人やモノを主観的なイメージに当てはめて判断することを否定的に捉えていたが、どうやらそれは生活する上で欠かせないスキルのようだ。
例えば、道に迷った時あなたは誰に助けを求めるだろうか?通行人に尋ねるのもひとつの手だが、もし周りに警察官やタクシーの運転手がいれば、まず彼らに聞くのが「手っ取り早い」と考えるだろう。職業柄、その街のことを知り尽くしていて「当然」だからである。無作為に通行人を引き留めるより、地図を頭の中に丸暗記しているような人間に聞く方が、信憑性のある情報を得られるだろう。(※2)
ステレオタイプは元来、情報で溢れる現代社会を効率良く生きるためあらかじめ脳のシステムにプログラムされた機能の一つであり、社会生活を円滑に営むための処世術なのだ。
※1 出典:上瀬由美子『ステレオタイプの社会心理学──偏見の解消に向けて──』サイエンス社、2002年、p.20
※2 参考:Dr. Charles Stangor. (2014). Principles of Social Psychology -1st International Edition. BCcampus, https://opentextbc.ca/socialpsychology/
処世術が「火種」になる時
しかし、時としてそれは、いさかいの火種となる。
国籍や人種が違う人との初対面。それぞれの国の文化や特徴を話のネタにするのは、会話を始めるひとつの手だ。それがきっかけとなり話が弾むこともあるだろう。しかし、人によってはそれを不快に感じる場合もある。他にも例を挙げよう。
「イエローフィーバー」という言葉をご存知だろうか?これは、アジア系の女性に対して白人男性が抱きがちな、ある種の幻想的な恋愛観を意味する。「アジア人の女の子は大人しくて、小柄で、従順」という、いわば古典的な東洋世界へのイメージに裏付けされた嗜好だ。彼らにとっては好意のつもりでも、国籍や人種をひと括りにしたイメージで他者を捉えているという点で、偏見にもとづく差別的な行為として捉えかねられない。
無意識の偏見や差別は、もちろん人種や国籍に限った話ではない。
2020年12月、関西に住む女子高校生3人組が、ファミリーマートが販売するお惣菜ブランド「お母さん食堂」を「『女性が家事をして当たり前』という無意識の偏見を助長しかねない」として抗議した。(※3)
筆者は日頃から同商品のお世話になっている。恥ずかしながら、この騒動が起こるまで1度も違和感を覚えたことはなかった。だが、確かに受け取り手によっては差別的であると捉えられる表現かもしれない。商品を手に取った人々に、「ご飯を作るのは母親である」という価値観を無意識の内に刷り込んでしまう可能性があるからだ。
最後に挙げる例は、SNSや普段の会話で経験したことがある人もいるかもしれない。
「マンスプレイニング(英:mansplaining)」と呼ばれるそれは、男性が、自分よりも相手の方が知識があるという事実を考慮せず女性に上から目線で説明することを意味する。この現象について述べた『説教したがる男たち』(レベッカ・ソルニット著/ハーン小路恭子訳、左右社、2018年)で語られる著者の体験が有名である。食事会で著者が最近の興味について話していると、ある男性が著者の話を遮りおすすめの本を紹介してきた。それが、著者自身の本だったそうだ。
これら無意識の偏見は、個人の資質を正当に評価する機会を減らしてしまうことで他人の人生の可能性を奪ったり、他者から一方的に押しつけられるイメージにより自己評価が不安定になり不安や悩みを抱えやすくなったりと、多くの面で人々に悪影響を及ぼす。
だからこそ今、意識的に無意識の偏見を取り除こうとする取り組みが盛んに行われている。
※3 参考:change.org『ファミリーマートの「お母さん食堂」の名前を変えたい!!!』 http://chng.it/rkSp9L8pND)
歩みはじめた社会
アメリカ ノースカロライナ州で活動する非営利団体「Children’s Home Society of North Carolina」が主催する「Wise Guys」は、世間に流布する「男らしさ」を再定義しようと試みる、10代の若者を対象にした教育プログラムだ。いまこの記事を読んでいる男性の方は、幼い頃「男なんだから泣くな」「男なんだから耐えろ」などと言われたことはないだろうか。筆者も経験があるが、「男だから」という理由付けは全く合理性が無く、「男ならこうあるべき」という一方的なイメージの押し付けでしかない。「Wise Guys」は、社会に流布する男性像を改めて考え直すことを通じて、それぞれが自分の価値観に沿って将来を築くことができるよう若者を育んでいる。(※4)
また、Google社は「無意識の偏見を自覚すると、偏見から脱することができる」という研究結果に基づき、無意識の偏見に対する社員や経営陣の共通認識や理解を育むことを目的として「Unconscious Bias @Work」という研修を2013年から行っている。同社は公式ホームページで研修用の資料やファシリテーターガイドを無料公開している。影響力のある企業が率先して取り組むことで、他の企業や組織への波及が期待できる。(※5)
2021年2月、日本でも同様に、株式会社メルカリが自社で行っている「無意識バイアスワークショップ」の研修資料を同社のサイト内で無償公開した。(※6)
国内外問わず、今後より一層無意識の偏見解消に向けた取り組みが活発化するだろう。
※4 参考:Children’s Home Society of North Carolia-Wise Guys-,
https://www.chsnc.org/wise-guys/#
※5 参考:Google-re:Work「無意識の偏見に意識を向ける」https://rework.withgoogle.com/jp/guides/unbiasing-raise-awareness/steps/introduction/
※6 参考:株式会社メルカリ プレスリリース「メルカリ、「無意識(アンコンシャス)バイアスワークショップ」の社内研修資料を無償公開」https://about.mercari.com/press/news/articles/20210225_unconsciousbiasworkshop/
基準は人それぞれだからこそ
ニュージーランド出身の彼は、近所の人から「何人ですか?」と聞かれると、「宇宙人」と答える。国籍を答えることくらい筆者にとっては些細なことだが、彼にとっては嫌なことなのだと思う。
自分にとっての当たり前が無意識のうちに人を傷つけてしまう可能性を改めて認識すると共に、「偏見を抱いていますよ」と他者から指摘される機会が少ないことを痛感した。「当たり前」に異を唱えるのは、とても勇気がいることなのではないかと思う。
だからこそ、私たちは自ら学び、知る努力をする必要があるのだ。
文:柴崎真直
編集:白鳥菜都