2019年12月に中国湖北省武漢市で最初の感染者が報告された新型コロナウイルス感染症は、当初からは予想がつかないほどの長期戦を人々に強いてきた。追ってインドで最初に報告されたデルタ株は、2021年4月に日本に上陸すると、たちまちにコロナウイルスの感染者数を激増させた。感染力が高いとされるデルタ株の存在、そして崩壊した医療体制に事態はますます混乱を増している。
コロナウイルスが炙り出したもの
連日、SNSやテレビ番組、新聞など、至るところから悲痛な叫び声が目に入ってくる。コロナウイルスに罹っても入院できず、自宅療養を強いられる人々。2021年8月には新型コロナウイルスに罹患した妊婦が、自宅療養中に出血したが入院先の病院が見つからず、自宅で出産し、その後赤ちゃんが死亡するという痛ましい出来事も起きてしまった。2021年7月、少なくとも把握されているだけで東京都のコロナウイルスに感染した妊婦は98名と、昨年4月以降最多の人数が報告されている。(※1)とうに医療体制は崩壊していると言えるだろう。病院に入ることができない患者と、疲弊する医療従事者、両者の切実な声がひしめいている。
また、小学生から大学生までの児童・学生世代に関しては、授業はリモートがメイン、どこにも行けない2年間の夏休み、入学式や卒業式も無しと、その時々しか味わうことのできない行事が次々に消えている。オリンピック開催時には、「自分は我慢しているのになぜ」と幼い子どもが疑問を投げかける場面もあった。
リモート勤務が普及する中、自身の意思とは関係なく不安の中満員電車に乗り続ける人々。経済的ダメージから閉店せざるを得なくなった飲食店やライブハウス、その一方で食べていくために閉めたくても閉めるという選択ができない人々。他にもさまざまな場面で、暮らしに直結する影響が出た2年弱であった。
コロナウイルスが炙り出したのは、現代の日本の歪な部分だ。選択したくてもできない人がいる、企業単位・個人単位ではどうにもならないことが山ほどある。うっすらと気づいていた格差や問題点が、コロナウイルスの感染拡大を通して急激に輪郭を表したのである。
※1 参照:東京新聞WEB「東京都内の妊婦感染者、7月は少なくとも98人で過去最多 病院長が独自調査<新型コロナ>」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/127270
コロナの経験による意識変化
ここで、コロナウイルス感染症と人々の生活に関するインターネット調査があるので紹介したい。本調査は、BIGLOBEが2021年5月26日から27日にかけて実施した「新型コロナウイルスワクチン接種後の生活に関する調査」(※2)である。回答者は全国の20〜60代1000人である。
この調査の中で印象的なのが、「新型コロナウイルス感染拡大を経験し、政治や社会に対する関心が増したか」といった質問項目の結果だ。この質問に対し、政治や社会への関心が高まったと回答した人は8割弱にものぼっている。
さらに、具体的にどの項目で関心が増しているかというと、「適切な政策が立案・実行されているか」(65%)が最も多く、続いて「医療体制の充実」(55.4%)、「ニュースなどの情報の確かさ」(47.1%)、「社会全体の公正さが保たれているか」(41.1%)などが挙げられた。医療体制や、健康に関する情報だけではなく、全体として政治や社会問題への関心が高まっている。
※2 参照:ビッグローブ株式会社 「新型コロナウイルスワクチン接種後の生活に関する調査」
https://www.biglobe.co.jp/pressroom/info/2021/06/210624-1
声を上げ始めた人々
アンケートで上位に挙げられた、政治も、医療体制も、社会の公正さも、これまで常にある一定のゾーンの人々が声を上げ続けてきたことだった。それなのに改善されないまま1つの感染症でさまざまな問題が露呈したのは、ここへ来るまで多くの人が見逃してきた、あるいは見えていなかった問題が山ほどあるということだろう。コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、問題の当事者になる人が続出したいま、これまで政治や社会問題に関して声を上げなかった人々が声を上げるようにもなってきている。
例えば、象徴的だったのがフジロックフェスティバル'21だろう。運営に先立って、出演アーティストがそれぞれのスタンスをはっきりと表明していた。SIRUPやDYGLといったフジロックフェスティバル以前から政治や社会への関心を示していたアーティストらを筆頭に、出演を決めた者たちは事前にステートメントを出し、参加者にも徹底的な予防を投げかけながら、葛藤の中での決断を言葉にしていた。また、ヒップホップグループTHA BLUE HERBの当日のステージでのMCも、印象的であった。
彼らは、補償なき自粛、ゴールの見えない自粛の問題点を改めて指摘した。度重なる緊急事態宣言や自粛要請に、多くのライブやイベントが中止・延期に追いやられている。音楽業界にも大きな打撃を与え、すでに業界全体が限界に達していることを説明している。
同じように葛藤の末、参加を辞退したアーティストももちろん存在する。フジロックフェスティバル1日目となった8月20日、出演予定だった歌手の折坂悠太は直前に出演辞退を発表した。折坂もまた、出演辞退によって仕事を失うスタッフと多くの人に健康的影響を与えるかもしれないという不安の板挟みにあったことを述べている。
アーティスト自身と周りのスタッフの生活、そして業界のカルチャーを守ることと、万全な感染対策をすることの両立がほぼ不可能なのが現状である。政治と自身の生活が直に結びついたアーティストたちは、声を上げ始めたのだ。彼らが声を上げることによって、そのファンやイベントの参加者らもまた、声を上げるきっかけを得ている。
そして、フジロック同等に、大規模なイベントとして強行開催されたのがオリンピックだ。参加選手や運営からの声はあまり目立たなかったが、一般人によるTwitterデモや署名活動などが行われた。2021年5月に行われた「Change.org」の五輪中止を求める署名活動(※3)では、同サイトの開設以来、最多となる署名が寄せられたという。
日本では、どこか政治に対して批判的な声を上げることが「タブー」とされたり、社会問題について声を上げることが「意識高い系」と揶揄されるような風潮が強かった。しかしコロナウイルスによってもたらされたカオスは、著名人、一般人問わず、政治や社会問題に対して意見を持つ重要性を見せつけてきた。少しずつではあるが、人々の意識は変わり始めている。
※3 参照:Change.org「人々の命と暮らしを守るために、東京五輪の開催中止を求めます Cancel the Tokyo Olympics to protect our lives」
キャンペーン · 人々の命と暮らしを守るために、東京五輪の開催中止を求めます Cancel the Tokyo Olympics to protect our lives · Change.org
政治的関心の高さとコロナ対策
さて、コロナウイルスへの対応には国ごとに大きな違いがあるが、台湾、韓国、ニュージーランド、ノルウェーなどの国が素早い対処でコロナウイルスを封じ込めたことはご存知の通りだろう。
台湾では政府と民間が協働してマスクマップを開発し、早い段階で国民へのマスクの安定供給を確立した。第二波の時には、飲食店や小売店、その顧客に協力を仰ぎ、感染ルートの確定と隔離を徹底的に行った。また、ニュージーランドでは2020年3月の時点で厳格なロックダウンが決行された。先手を打った対策に、ビザの自動延長や企業への休業補償も素早く対応することで、早期の感染拡大防止に成功していた。2021年8月に半年ぶりに1人の感染者が出ると、すぐに再び全国でのロックダウンが開始された。デルタ株の広がりによって、ロックダウンの効果に若干の揺らぎがあるものの、ここまでの感染拡大対策は見事なものだっただろう。他の国々も、政府主導でPCR検査数や隔離の徹底、コロナ以前から進められていた医療体制の整備が活きている。
上記の国々の特徴として挙げられるのが、国民の政治参加率の高さだろう。台湾、ニュージーランド、ノルウェーは70%以上の選挙投票率をほこり、韓国でも近年は60%台後半の投票率を叩き出している。(※4) 普段から国民が政治に目を光らせ、それぞれが国の決断に参加しようとしているのがうかがえる。もちろん投票率が高くとも、コロナウイルスの封じ込めには成功していない国もある。しかし、上記の国々がスムーズに封じ込めに成功しているのは、国民が望む代表を選択し、政府は信頼関係を構築するような取り組みを普段から行ってきたためであろう。
対して、日本の選挙投票率は2017年の衆議院選挙では53.68%、2019年の参議院選挙では48.8%となっている。(※5)また、2020年の東京都知事選では投票率は55%であり、前回と比較して4%の投票率減少が見られた。(※6)「選挙に行っても変わらない」といった声をよく聞くことがあるが、その認識が数値としても表れているのではないだろうか。
前述のBIGLOBEのアンケートでは、「政治や社会に関して関心が増したことは」という問いに対して、「選挙」と回答したのはたったの15%であった。日本ではいま、選挙と政治、選挙と暮らしが十分に結びついていない人が多い。選挙権のある人々が、投票に参加することは最も効果的で簡単な政治や社会への関心を示す方法である。
※4 参照:International IDEA「VOTER TURNOUT DATABASE」
https://www.idea.int/data-tools/data/voter-turnout
※5参照: 総務省 「国政選挙における投票率の推移」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/ritu/index.html
※6 参照:東京都選挙管理委員会事務局 「東京都知事選挙(令和2年7月5日執行) 投票結果」
https://www.senkyo.metro.tokyo.lg.jp/election/tochiji-all/tochiji-sokuhou2020/tochiji-turnout2020-end/
終わりに
コロナというパンデミックが始まって2年近くが経とうとしている。ある人はこの生活に慣れ始め心地よさすら感じていると言い、ある人は我慢ならないストレスを感じていると言う。様々な観点から生活に変化をもたらしたコロナ禍において、ポジティブな変化があるとすれば、社会問題と政治の自分ごと化が起こり始めていることであろう。
突きつけられた現実に、暮らしと政治、自分と社会のつなぎ目がはっきりと見えてきた人も多くいるはずだ。いつ終わるかわからないコロナ禍だが、1人ずつの行動が鍵を握っていることは言うまでもない。今秋、第49回衆議院選挙が控えている。コロナ禍での学びや気づきを、意識の変化だけにとどまらず、「選挙」という行動に移すチャンスなのではないだろうか。
文:白鳥菜都
編集:篠ゆりえ