よりよい未来の話をしよう

セクハラの定型は常にアップデートされている

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ハラスメントに溢れる現代

ニューヨーク州のクオモ知事が辞任を発表したのは記憶に新しい。コロナ感染症対策で評価され、次期大統領候補とまで言われた彼は、実は長きにわたるセクシュアルハラスメントの加害者であった。胸を触られた秘書、勤務中に脚や腰を撫でまわされ強引にキスされた部下、エレベーター内で首筋から背骨を沿うように触られた護衛官。彼の辞任を伝えるニュース記事では、被害にあった女性の実名、役職、被害内容が、プライバシーを考慮することもなく、詳細に明かされた。そしてニュースのメイントピックが、ハラスメントという彼の罪ではなく、「彼のキャリアの行く末」であったことは一目瞭然だった。

セクシュアルハラスメントだけではない。パワーハラスメント、マタニティーハラスメント、介護ハラスメント、ジェンダーハラスメント、モラルハラスメント、アルコールハラスメント、ソーシャルメディアハラスメント…現代社会は、様々なハラスメントで溢れている。私たちは、当たり前のようにハラスメントに囲まれ、その被害者になりうる。そして、場合によっては加害者にもなりうるのではないだろうか。

「どうせ意味ない」ハラスメントに対抗する気力のない人々

厚生労働省は2020年10月、全国の従業員数30名以上の企業・団体を対象に「職場のハラスメントに関する実態調査」を実施した。この結果で興味深いのは、ハラスメント行為を受けた後の対応だ。「同僚や上司に相談した」を差し押さえて一番割合が高かったのは、「何もしなかった」という結果になった。主な理由として「何をしても解決しないと思ったから」が回答の半数以上を占め、次に「職務上不利益が生じると思ったから」が続いた。

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出典:「職場のハラスメントに対する実態調査」(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/content/11910000/000783176.pdf(2021年8月13日利用)


では、自らの職場で起きている被害内容を認識した、事業者側の対応はどうだろうか。

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出典:「職場のハラスメントに対する実態調査」(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/content/11910000/000783176.pdf(2021年8月13日利用)

「特に何もしなかった」が、パワハラでは47.1%・セクハラでは33.7%となり、1番高い割合となった。従業員側は「被害を訴えてもどうにもならない」と諦めているし、たとえ被害を訴えたとしても事業者側が「何もせず、うやむやにする」ことが常態化しているとも受け取れる。約半数もの事案がなかったことにされるのだから、従業員が勇気をもって被害を訴えるには、あまりにも希望がない環境だ。

増え続けるハラスメント被害の現状を受け、厚生労働省は2020年6月1日から職場におけるハラスメント防止策を強化した。セクシュアルハラスメント防止策では、これまで事業者に対して「職場におけるセクシュアルハラスメントの内容、あってはならない旨の方針の明確化と労働者への周知・啓発」「セクシュアルハラスメントの行為者への厳正な対処方針・内容の規定化と労働者への周知・啓発」を含む10項目の施策が義務づけられていたが、そこに「事業主に相談等をした労働者に対する不利益取扱いの禁止」「自社の労働者等が他社の労働者にセクシュアルハラスメントを行った場合の協力対応」など、3項目が追加された。また、同じタイミングで、パワーハラスメントに対する防止策も義務化され、ハラスメントに対する事業者の意識を高める環境づくりを強化している。しかし、これらの法整備だけでこの被害が減ることはあるのだろうか?世の中が変化するのと同じように、ハラスメントの定型も常にアップデートされている、という視点を忘れてはいけない。

被害者は女性、加害者は男性、という思い込み

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法務省が2010年に発行した人権研修の資料における、「自分がセクハラの加害者になっていないか」というチェックリストをみてみよう。

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「企業における人権研修シリーズ セクシュアル・ハラスメント」(法務省)
企画:法務省人権擁護局・全国人権擁護委員連合会
制作:財団法人 人権教育啓発推進センター
http://www.moj.go.jp/jinkennet/asahikawa/sekuhara.pdf(2021年8月13日使用)

少し古い資料ではあるが、「可愛い子にはラクな仕事を担当させたいと思う」「性的な冗談は女性も喜んでいると思う」「女性の身体をじっと眺める」など、被害者が女性で、加害者は男性であるという前提が垣間見える内容だ。ところが、日本労働組合総連合会が2019年に実施した調査によると、「ハラスメントを受けたことがある」と回答した人約100人のうち、約3割は男性被害者であった。(※1)筆者の友人でも、セクハラ被害者の男性はパッと思い浮かぶだけで何人もいる。当たり前のことだが、性別に関わらず被害者にも、加害者にもなりうる可能性はあるのだ。

※1 参考:「仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019」(日本労働組合総連合会調べ)
https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20190528.pdf

「こんなこともセクハラなら、もう何にも言えない」そんな言い訳は聞き飽きた

「セクハラの定型は常にアップデートされている」と繰り返し書いているが、実際のところどうアップデートされているのか。筆者の友人談を中心に紹介しよう。


〈1〉「週末は何してるの?」「誰と、どこに行くの?」執拗にプライベートを知りたがるOB社員
20代男性の証言。就職活動中に訪問した初対面のOB社員から、立て続けにプライベートの質問をされ、不安に感じたという。就職活動といえば、選考の過程で企業側が学生に「両親の職業」や「家族構成」などを質問することは、基本的な人権の尊重という観点からNGとされているが、直接的な選考ではない「先輩社員訪問」の場面にまで、ルールを設ける企業は少ないだろう。しかし、この先輩社員訪問に、多くの危険が潜んでいることは強調したい。筆者も就職活動期間中は、その場でSNSアカウントでの繋がりを強要されて断れなかった、身体関係を迫られた、という話をほぼ毎日のように聞いていた。

〈2〉セカンドレイプならぬ、セカンドセクハラ
20代女性の証言。セクハラ被害を人事に相談したところ、人事から「関係者の個人名」「被害内容」が一部社内で共有され、その後、その内容が噂話という形を通じて全社に広く知れ渡っていたという。本人は、初めて挨拶をした他部署の人から「あの話聞きました、大変でしたね」と言われ、その事実を知ったそうだ。彼女は「自分がされたことを、誰がどこまで知っているのかわからない恐怖に襲われ、会社にいられなくなった」と語っていた。噂話として軽く会話しているうちに、無自覚にセクハラ加害者になっている可能性があるのだ。

〈3〉「これセクハラかな?笑」自認しているのに、否定できないセクハラ
30代女性の証言。飲み会の席でお酒の空き瓶の置き場に困り、膝の上で一時的に抱えていたところ、先輩社員から「酒飲みの女みたい。一升瓶がよく似合う、酔っ払った女」と言われたという。この発言自体がすでにセクハラなのだが、問題はその後だ。「酔っ払った女」と言った後、その先輩社員は「これセクハラかな?笑」と笑いながら問いかけてきたという。そう言われた女性は「そんなことないです」と否定をするしかなく、その場をやり過ごす形となった。発言した本人がセクハラを自認している上で、被害者自身にその行為を否定させることで、先輩社員の中での「自身の加害者性」はないものとされたのだろう。

いわゆる、お触りや性的な冗談だけでは語れないほどに、セクハラの定型はいまこのときもアップデートされ続けているのだ。

私たちは知らないうちに加害者になっている

「どこに住んでいるの?」

よくアイスブレイクとして使われるトピックスだが、筆者は初対面でこの質問をしてくる相手を警戒する。というのも、学生時代から何度かストーカー被害に遭い、家までつけられた経験があるからだ。会社で働くようになってからというもの、何度もこの質問を受けたが、その度に実際の居住地ではなく、職場から帰宅に時間のかかる場所を答え、嘘をついてやり過ごした。また、先日猫を飼った友人は「猫を飼ったってことは、子どもは諦めたの?」と2人の職場の先輩から聞かれた、と話していた。それもそれぞれ別のシチュエーションで聞かれたというのだから驚きだ。なぜ猫を迎えることと、子どもの話が紐づくのだろうか。もっと言えば、それを聞いてどうするのだろうか。もし「そうだ」と答えたら励まされるのだろうか。もちろん、その問いかけを行なった先輩社員に、自らの発言に対する加害者意識はない。

私たちは、常に被害者にも加害者にもなりうる。顔を合わせないコミュニケーションがメインストリームになりつつあるが、相手をリスペクトする気持ちは忘れてはいけない。アップデートされ続けるハラスメントを相手に、私たちはどう向き合おうか。被害に遭わないために、また、無自覚な加害者にならないために、ぜひ一度考えてみてほしい。

 
取材・文:おのれい
編集:大沼芙実子