よりよい未来の話をしよう

ソーシャルグッドな活動が、「自分ごと」として広がる未来とは ー山口周さんインタビュー

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はじめに

いま世の中は「SDGs」など、いわゆる「ソーシャルグッド」といわれるものに価値を見出す傾向にある。
一方で、「ソーシャルグッド」といわれるものに関心を持たず、距離をとって生活する人が一定数いるのも確かである。たとえ政府や企業がソーシャルグッドな活動を推し進めても、それを「自分ごと」として捉える人が増えない限り、その成果は限られたものになるだろう。

このような世の中の動きを、独立研究者の山口周氏(以下、山口氏)はどのように見ているのか。
山口氏は、ベストセラーにもなった、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)などの著書で、ポスト資本主義に繋がる価値観を提示してきた。また、近著『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)では、一人ひとりが意識を変えることでこの世界を「安全で快適なだけの社会」から「真に豊かで生きるに値する社会」へと変成させていく必要性を説いている。
今回は、「ソーシャルグッドな活動が、『自分ごと』として広がるためには?」といった切り口から、山口氏にインタビューを実施した。

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山口周
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。

学際的な思想に裏打ちされたニューアカブームの影響で「境界域の会社」を志向した

はじめに、山口さんの価値観を形づくった、文学や哲学などの領域に興味を持った背景を教えていただけますか。

子どもの頃から好きだったのはありますが、本格的にこの領域のことを勉強し始めたのは高校生の頃でした。
まあ、時期的なものもあるかもしれないですね。1980年代前半はニューアカブーム(※)といって、浅田彰さんや中沢新一さんに代表されるような文化人類学者とか現代思想がブームだった時期があって、わりと僕ははまってしまったんです。

その後文学部に進学して、就職活動で会社を選ぶときは「境界域」にある会社がいいなと思いました。ど真ん中のビジネスではないし、ど真ん中の文化人類学ではない会社がいいなと。その観点から、新卒では電通に入社しました。

(※)1980年代の日本で興(おこ)った思想などの新たな潮流のこと。ニュー・アカデミズム(New Academism)の略。
出所:知恵蔵mini, 朝日新聞出版(2021年6月20日閲覧) <https://kotobank.jp/word/ニューアカ-1702012>

たしかに、広告代理店はビジネスとアートの融合、という印象があります。その後、なぜコンサルティングファームに移られたのですか?

当時のコンサルティング会社は、いまよりもずっと「境界域」っぽかったんですよね。人文学や心理学の知見を企業変革に生かす、アカデミー領域の知見をビジネスの世界に導入する、ということをやっていました。

一方で広告代理店は、最後には広告を売る必要がある。クライアントによっては広告が答えではない場合もあるわけで、そこに非常に違和感を覚えていました。いまから思えば、広告には社会に大量生産・大量消費を促す側面があり、その構図には限界があったことを感じていたのだと思います。コンサルティングファームは、そこを脱却して純粋に知的な競争ができるという点に魅力を感じました。

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現在は、徐々に事業活動に「持続可能性」を取り入れる企業が増えてきました。一方で、依然としていわば「ソーシャルグッド」とされる活動に関心がない人も少なからずいます。このような現状を、どのように感じていらっしゃいますか?

これは多様性に関わる問題でもあるので、押し付ける形でソーシャルグッドを推進するのは、ある種の全体主義になってしまいます。
ただ、どう考えても多くの人がぱっと買って、ぱっと捨てて、という行動を取ってしまうと、良くないことは確かです。「ソーシャルグッドを意識して生きる方が楽しいし、すてきだし、かっこいい」という価値観が生まれてこないと、ソーシャルグッドが浸透していくことは難しいと思います。

僕は、「説得」が世の中の行為で最もダメだと思うんですよね。戦時中の日本のように、「ぜいたくは敵だ、耐え忍べ」と説得するのではなくて、そちら側にうつった人がデモンストレートする。たとえば、ジョン・レノンですよね。「あなたもどう?」と言われたときに「あ、いいな」と思わせなければならない。

ですから、そのような意味で言うと、マーケティング・コミュニケーションによる価値観の転換というものが必要ですよね。たとえば、次々と新しいファッションを消費することが良い、と思っている人の価値観におもねてモノを売るのは、ひとつのマーケティングの態度としてあるわけです。だけどそうではなくて、その人たちがもともと「良い」と思っている価値観とは別の方向を提示して、自分たちが売るものに対してポジティブな価値観を抱かせることで、転換を図るということはできますよね。

 

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過去に向かった三島由紀夫は失敗したが、未来を志向した「無印良品」は成功した。大量消費社会転換への異なるアプローチ

海外では、価値観の転換においてアイコニックな人物、たとえばジョン・レノンなどの著名人が新しい価値観をロールモデルとして体現し、それが広まっていく、というケースがあると思います。しかし、日本ではあまりそのような例を耳にしないのはなぜでしょうか。

それはなかなか面白い問いですね。日本は明治時代に開国してから、物質的な水準において成長を続けてきて、現在は完全に飽和した状態にあります。そのような過剰な状態に直面したことは今までなかったんですよね。
ただ、日本でも高度成長期に大量消費社会に疑問を抱いた人はいました。その代表格は、三島由紀夫です。彼は1970年に自決しているんですけれども、まさにその市ヶ谷駐屯地での演説は、物質的には豊かだけれども精神的には貧しい当時の国民性を、痛烈に批判したものでした。

一方で、たとえばジョン・レノンの『Imagine』という歌がありますよね。あれ、ミュージックビデオを見てみると、彼のロンドンにある大邸宅で撮られているわけです。野原の中のテントや山小屋で歌うんだったら良いんだけども、「所有もない、貧乏も金持ちもない、そういう世界を想像してごらん」というのを大豪邸の中で歌っているわけなので、これは完全に破綻してるわけですよね。構造としては。
スティーブ・ジョブズにしても、ヒッピー文化と言っていたけれど、結局は時価総額最大の会社を作り上げた。ある種の非資本主義的であることそのものが、極めて強力なマーケティングメッセージになって会社の存在価値を高めているのですから、ある意味では三島由紀夫の方が、大量消費経済に対する純度の高いアンチテーゼを提示していたのかもしれない。

ただ、三島由紀夫がロックンロールな感じがするかと言えば、そうではない。未来に向かうか、過去に向かうかで言ったら、三島由紀夫は過去に向かってしまったわけですよね。原始を取り戻す、天皇中心の体制に戻そう、という。あれは、なかなか若い人は共感しなかったのではないかと思いますね。
吉野源三郎が『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)という本の中で、コペル君に対して「人類の進歩と結びつかない英雄的精神も空しいが、英雄的な気魄を欠いた善良さも、同じように空しい」と語る場面があります。日本でも、高度成長期に大量消費社会に疑問を抱いた人は少なからずいました。しかし、そのような人々は時代の波に飲まれて、砂浜に描いた絵のように消えてしまったわけですよね。

僕が『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』の中で提唱している、「資本主義をハックしろ」というのはそういうことで、やっぱり強力な嵐の中にあって、その逆方向に立ち向かうのはうまくいかないわけです。ある意味で、日本でそれをうまくやったのが、「無印良品」だったわけですよね。
「無印良品」が出現する前は、商品のパッケージを変えて、目くらましのように大量消費を促す、ということが多くの企業で行われていました。それに対して、そのフリルを全てそぎ取ったときの誠実な情報、本質に根ざしたものだけを提供したのが「無印良品」です。結果として、世界的にある種の価値観を象徴するブランドに成長したのは、ご存じの通りです。
あれが1980年代に生まれてきたというのは、現代のパタゴニアや、アニータ・ロディックの「THE BODY SHOP」に通じる、クリティカル・ビジネスの可能性を示した側面はあると思います。

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とにかく打席に立ち、好きだと思えるものを地道に表現し続けることが大事

新しい潮流が生まれる源流には、常に個人が抱く現状打開への強い思いがあることが分かりました。しかし、未来のために何かを変えたい、という思いがあっても、それが行動に移せない人も少なからずいると思います。もしそのような人が目の前にいたら、どのようなアドバイスをしますか。

僕は本をいろいろ出してきましたけれども、ずいぶんそれで学んだことがありました。「これはうける!」と思って作った本は、「ともだち」を連れてきてくれないんですよね。
一方で、正しいかどうかわからないけれども、自分がこのような世の中がいいと思って書いた文章には、自分と同じ気持ちの人が集まってきて、「ともだち」ができるんですよ。つまり、好きか嫌いかでものごとを始めると、味方が集まってくれるんですよ。だから、「これだけは好きだ」と思えるものを地道に表現し続けることが、大事だと思います。

僕が本を出すようになったのは40代に入ってからで、30代の頃はずっとお呼びがかからない状態でした。なかなか心が折れるようなこともあったんですけれども、やはり続けないとダメですよね。
野球だと打率が問われますけど、人生では打率は問われないんですよ。最後に長打が出ればそれでいいんですよね。それまでどんなに打率が低くても、ちゃんと長打を出せば良くて、そのためにはやはり打席に立ち続けるということが重要です。
結局、長打が出るか出ないかというのは確率の関数です。何がうまく出るか分からないので、とにかく打席に立って、バットを振る、ということをやり続けないといけないですよね。

何はともあれ、まずは小さく始めてみたら、ということをお伝えしたいと思います。

おわりに

今回のインタビューでは「ソーシャルグッドな活動が、『自分ごと』として広がるためには?」という問いに対して、さまざまな角度から回答をいただいた。
日本でソーシャルグッドな生活スタイルを深く浸透させるためには、「説得」は効果的ではないという言葉が印象的だった。ある種のカリスマ的存在がデモンストレートすることで新しいスタイルが一般に普及するという。

ただ、いくら影響力のある人物がデモンストレートしても、その方法が急進的すぎると共感を生まない場合もある。
戦後の日本において、三島由紀夫は間違いなくカリスマ的な存在であった。彼は、物質主義に陥った日本社会に対して深い問題意識を持った上で新たなムーブメントを起こしたものの、結局その動きは大衆の共感を生むものではなかった。結果、彼の死後の日本社会は、大量消費を礼賛する空気のままバブル期に突入することになる。
この例から、私たちは次の教訓を得られるのではないだろうか。現状の社会情勢に疑問を抱き、異なる潮流を生もうとする場合でも、180度状況を変えられる魔法は存在しない。むしろ、草の根運動のように地道に活動の輪を広げることで、次第に大きな変化が生まれることもある。

現代はかつての社会とは異なり、誰もが情報の発信者になることが可能だ。ある社会の通念に疑問を抱き、それを変えたいという思いが芽生えたとき、賛同してくれる仲間を見つけやすい時代になった。
「小さく始めること」で誰もが社会を変えられる、そのポテンシャルがあるこの令和の時代においては、どのような社会を作っていきたいかを一人ひとりが改めて考え、行動することが重要ではないだろうか。

 

取材・文:竹内瑞貴
編集:大沼芙実子
写真:服部芽生